ヘルスケア本部の主任として、睡眠検査事業を大学病院へ提案する役割を担っています。スタートアップで人も少なく、医療の商習慣も手探りから始めました。特に緊張するのが、看護部長会や診療科部長会でのプレゼンです。1回の印象がその後の院内調整に大きく響くからです。ここでは、私が失敗しながら学んだ「伝え方」「資料」「進め方」をまとめます。2024〜2025年のトレンド(医療DX・生成AI、病院再編、働き方改革、ガバナンス強化)を踏まえた内容です。
1. プレゼン前に必ず確認すること
- 議題登録と目的:議題に正式登録されているか、プレゼンの目的(情報共有/意見聴取/承認)が明確か。目的が「承認」なのに準備が共有レベルだと印象が悪くなります。
- 持ち時間と質問時間:持ち時間と質疑時間の配分を事務局に確認します。質問が長引く場合にどう区切るか、事前に合意しておくと安心です。
- 資料配布のルール:紙配布か電子か、事前送付か当日か、回収の有無。事前送付が可能なら48時間前に送ると、質問が具体的になります。
- 出席者の構成:部長クラスだけか、中堅スタッフも同席するか。中堅がいる場合、運用の具体を一段深く用意すると好印象です。
- 関連会議のスケジュール:倫理委員会や情報セキュリティ委員会の開催日を確認し、プレゼンの後工程をイメージしておきます。
2. 冒頭で押さえる3点
- 課題の共有:看護部と診療科が日々感じている課題を、先に言語化します。「夜勤帯の記録負荷」「申し送り時間」「患者説明の時間」「インシデント報告の手間」など。
- 目的と範囲:今回は何を決める場か(例:PoC実施の合意、評価指標の確認、倫理・情報審査の要件整理)。
- 安全性と責任分界の先出し:データフロー、ログ、モデル更新、障害時の代替フロー、責任分界を簡潔に示します。これを先に出すと、その後の質問が建設的になります。
3. 資料構成の基本
- 現状の課題と影響:時間外、インシデント、申し送りのばらつき、患者説明時間などを数字で示します。
- 提案の概要と運用フロー:誰がいつ、どこで、どう使うか。夜勤・休日・新人教育も含めたフローを図示します。
- 安全性・情報ガバナンス:データ経路、暗号化、ログ、アクセス権、モデル更新、責任分界。
- 教育とサポート:初期教育、夜勤向け再教育、問い合わせ窓口、リリース管理。
- 効果試算とKPI:時間削減→人件費換算、回収期間、インシデント減、患者体験。働き方改革KPI(時間外削減)との紐付け。
- PoC計画と撤退条件:目的、期間、評価指標、費用負担、データ範囲、撤退条件。
- スケジュール:今日の承認→倫理・情報審査→PoC→稟議→本番の見通し。
- 横展開プラン:関連病院や他病棟への展開イメージを1枚で。
4. 看護部長会で特に重視されるポイント
- 教育工数:誰が教えるか、何分かかるか、夜勤・週末・新人のフォローまで含めて具体化します。
- 手順のシンプルさ:手順が1つ増えるだけで夜勤帯は回らなくなることがあります。操作ステップを最小化し、代替手順も用意します。
- 問い合わせ動線:どこに連絡すればよいか、何分で返答するか。一次対応と二次対応の分担を明確にします。
- 記録と監査:ログの保持期間と閲覧権限、監査のやり方を提示します。
- 働き方への寄与:時間外削減を具体的な数字で示し、心理的ストレス(説明責任、転記ミス不安)が減ることを伝えます。
5. 診療科部長会で特に重視されるポイント
- 臨床への影響:臨床成績、安全性、ガイドライン整合性。責任の所在を明確にします。
- 患者への影響:待ち時間、説明時間、体験の変化。
- データの扱い:学術利用の可否、匿名加工、持ち出し禁止設定、モデル更新の審査。
- 回収期間とKPI:在院日数や再入院率、時間外削減が経営にどう効くか。
- 他診療科との調整:横断的に影響する場合の優先順位とスケジュール。
6. 2024〜2025年のトレンドを踏まえた伝え方
- 医療DX・生成AI:ハルシネーション対策と監査ログ、根拠提示UIを先に見せます。情報部が不安を口にする前に資料で潰します。
- 病院再編と中期計画:重点診療科に合う効果を明示し、「今年やる理由」を中期計画に沿って説明します。
- 働き方改革:時間外削減を週・月・年で数字化し、看護部と診療科の双方に刺さる表現にします。
- コスト圧力:保守・教育・運用負荷まで含めたTCOを提示し、セルフメンテとリモートサポートで保守費を抑える案を出します。
- 透明性とガバナンス:反社・利益相反、内部統制、改訂履歴の管理方法を明記します。
7. よく起きる失敗と対処
- 資料後出しで審査サイクルを逃す:初回でデータフロー・ログ・責任分界・PoC計画を渡せるよう、テンプレを常備します。審査日を必ず確認します。
- 教育工数を軽視して反発される:夜勤帯の業務を見学し、教育計画を一緒に作ると態度が変わります。
- 質問時間が足りない:事務局と事前に質疑の進め方を決め、時間が足りない場合の「持ち帰り項目」を整理してから終えます。
- 価格競争に巻き込まれる:稟議資料に運用価値(時間外削減、教育工数削減、TCO低減)を入れ、回収期間を示します。価格だけでなく「働き方への寄与」で判断してもらいます。
8. プレゼン当日の進め方(タイムライン例:15分)
- 0:00〜1:30 自己紹介と目的、議題確認
- 1:30〜4:00 課題と提案概要(運用フロー含む)
- 4:00〜6:00 安全性・情報ガバナンス(データフロー、ログ、責任分界)
- 6:00〜8:00 教育・サポート体制(問い合わせ動線、夜勤・新人対応)
- 8:00〜9:30 効果試算とKPI(時間外、患者体験、TCO)
- 9:30〜11:00 PoC計画と撤退条件、スケジュール
- 11:00〜14:30 質疑応答(時間配分を事務局と共有)
- 14:30〜15:00 次のアクション確認(必要資料、担当、日程)
9. トークスクリプト例
- 冒頭:「本日は、夜勤帯の記録と申し送りの負担を減らし、インシデント報告の精度を上げるためのご提案です。今日の目的は、PoCの合意と評価指標のご確認です。」
- 安全性・情報:「データは院内閉域で完結し、ログは10年保存、閲覧権限は3段階で設定しています。モデル更新は四半期ごとに審査を経て実施し、ロールバック手順も用意しています。」
- 教育・サポート:「初回教育は1時間、夜勤向けに15分の再教育、新人オンボーディングの資料もご用意しています。問い合わせ窓口は平日+オンコールで対応します。」
- 効果:「夜勤帯の入力を週あたり平均○時間削減できる見込みです。時間外削減を人件費に換算すると○万円/年です。回収期間は○か月で試算しています。」
- 締め:「本日ご相談したいのは、PoCの評価指標と、倫理・情報審査に必要な資料の確認です。次回、合同デモの日程をご相談させてください。」
10. チェックリスト(抜粋10)
- 議題登録と目的(共有/意見聴取/承認)が明確か。
- 持ち時間・質疑時間と進行方法を事務局と合意したか。
- データフロー・ログ・責任分界・PoC計画を初回で配布できるか。
- 教育計画(夜勤・新人含む)と問い合わせ窓口を明示したか。
- 時間外削減を数字で示し、回収期間を出したか。
- 中期計画と重点診療科への貢献を示したか。
- 反社・利益相反、内部統制への対応を明記したか。
- 横展開プラン(他病棟・他病院)を1枚で示したか。
- 質疑が足りない場合の「持ち帰り項目」を整理したか。
- 次のアクション(担当、日程、必要資料)を確認したか。
※実際は50項目で運用しています。
11. 30・60・90日プラン(プレゼン後の動き)
0〜30日
・看護部長会/診療科部長会での質疑を整理し、不足資料を1週間で提出。
・倫理・情報セキュリティ審査の要件を確定。
・PoC計画をブラッシュアップし、評価指標と撤退条件を確定。
・教育・サポート体制(問い合わせ窓口、リリース管理)を文章化。
31〜60日
・PoC開始。週次で看護部・情報部と短時間の状況共有。
・生成AIで議事録要約を回し、合意事項と宿題を即日共有。
・中期計画の重点診療科に紐づく効果を途中報告でアピール。
61〜90日
・PoC結果を稟議セットに格納。時間外削減、TCO、患者体験、安全性を数字とストーリーで提示。
・L1/L2サポートと教育・再教育、リリース管理、障害時フローを明文化。
・他病棟・他病院への横展開プランを提示し、追加予算を確保。
12. 日々のルーティン
・初回訪問の帰りに「聞けなかったこと」を3つメモし、翌日までに回収。
・週末に失注レポートと質疑リストを見返し、次週の仮説を1つ決める。
・議事録を当日中にAIで要約し、関係者へ送る。
・病院のカフェで5分、「誰の不安を減らせたか」を自問する。
・中期計画や病院再編の動きを毎月チェックし、提案に反映。
13. さいごに
看護部長会や診療科部長会は、一度のプレゼンで信頼を得るか失うかが決まります。資料を後出しにせず、懸念を先に潰し、次の場を押さえる。質疑が足りなくても「持ち帰り項目」を整理して、再訪時に埋める。地道な積み重ねが最短距離でした。
今日もまた、院内のカフェで短く振り返ります。「誰の時間を減らせたか」「どの懸念を潰せたか」。答えが一つでもあれば、次のプレゼンはきっと前進します。
14. 具体例:睡眠検査サービスでのプレゼンとPoC
背景
睡眠検査デバイスを病院の人間ドックコースに組み込む提案でした。診療科部長会と看護部長会の両方で説明が必要でした。
進め方
- 事前に看護部教育担当と情報部と面談し、データフローとログ、責任分界を整理。
- 看護部長会では「申し送り時間と記録負荷の削減」を主軸に、教育計画と問い合わせ窓口を説明。
- 診療科部長会では「臨床価値と患者体験」を主軸に、ガイドライン整合と責任の所在を明確に。
- PoC計画を30日で提示し、評価指標を「記録時間」「患者説明時間」「エラー件数」に設定。
- 倫理・情報審査に必要な資料をプレゼン当日に配布し、事務局と審査日を確認。
結果
看護部長会で「夜勤の申し送りが楽になるならやってみたい」という声が出て、診療科部長会でも合意。倫理・情報審査を90日で通過し、半年で本番導入。患者説明時間が平均10分短縮し、申し送り時間も週あたり90分削減できました。事前に懸念を洗い出したことが効きました。
15. 具体例:生成AIを用いた文書支援の提案
背景
診療科資料と看護記録のドラフトを生成AIで支援する提案。情報部はハルシネーションとデータ漏洩を懸念していました。
進め方
- クローズド環境での運用、外部送信不可設定、モデル更新審査を資料で提示。
- 根拠提示UIをデモし、監査ログの保存期間と権限を説明。
- PoC評価指標を「誤生成率」「作業時間短縮」「承認までの時間」と設定。
- 看護部向けに教育計画と問い合わせ窓口を準備し、夜勤帯の再教育手順も明記。
- 倫理委員会に「学習データの範囲」「院内データ非使用」を明文化した資料を提出。
結果
PoCで資料作成時間を平均30%短縮、誤生成は5%未満、承認リードタイムを20%短縮。情報部が「管理できるなら進めたい」と判断し、本番導入へ進みました。
16. 具体例:申し送りボードのデジタル化
背景
紙の申し送りボードをデジタル化する提案。看護部は「入力手間が増えるのでは」と不安でした。
進め方
- 現行フローを夜勤帯も含めて観察し、入力ステップを最小化したUIを提案。
- オフライン時の代替フローと、障害時の責任分界を明文化。
- 教育を15分の動画+15分のハンズオンで設計し、夜勤向けにも再教育枠を設定。
- PoC評価指標を「入力時間」「転記ミス件数」「申し送り時間」で設定。
- 情報部とデータ保存とログの範囲を合意。
結果
申し送り時間が1件あたり平均2分短縮、転記ミスが半減。看護部長から「新人の教育がラクになった」とコメントをいただき、他病棟への横展開が決定しました。
17. おまけ:プレゼン前日のチェック
- 目的と議題が一次資料に掲載されているか
- 配布方法(紙/電子)と事前送付を確認済みか
- 持ち時間と質疑時間、タイムキープの役割分担を合意済みか
- データフロー・ログ・責任分界・PoC計画の最新版を準備したか
- 教育計画と問い合わせ窓口を資料に記載したか
- 反社・利益相反、内部統制の説明を用意したか
- 次のアクション(必要資料、担当、日程)をスライドに入れたか
- バックアップ用に紙資料を数部印刷したか
- タイマーと予備バッテリーを持ったか
- 「誰の時間を減らすか」を一言で説明できるか
18. まとめ
看護部長会・診療科部長会でのプレゼンは、準備の質がそのまま信頼に跳ね返ります。課題共有→安全性と責任分界の先出し→教育・サポート→効果とKPI→PoC計画→次の場を押さえる、という流れを徹底するだけで、進み方が大きく変わりました。
今日も院内のカフェで、次のプレゼンプランを練ります。誰の時間を減らし、どの懸念を潰すか。それを言葉にできれば、次もきっと前進できます。
追加リソース
伴走支援の進め方、事例、費用感はLPに掲載しています。詳細は詳しくはこちらからご覧ください。
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