「戦略コンサルに依頼したのに売れない」「営業経験はあるのに、医療業界ではまったく成果が出ない」。私はまさに、そんな現実に直⾯しました。
私は歴史とブランド力のある産業機械メーカーで30年近くBtoB営業に従事し、2022年から会社の新規事業として医療・ヘルスケア分野への参⼊を任されました。製造業での営業経験は豊富でも、異業種の医療業界の商習慣はまったく未知の世界でした。外部コンサルに戦略を⽴ててもらいましたが、実務の場では戦略とのギャップが多発で、新製品が顧客ニーズも満たしておらず、1年間はほぼ成果ゼロ。さらに社内異動の営業担当も定着せず、改めて新規参入の未経験分野での戦略再構築に迫られました。
その過程で痛感したのは、医療業界の顧客理解として、まず「購買意思決定プロセス」を理解しなければ何も進まないということです。
本記事では、私が失敗から学んだ教訓をもとに「医療業界の購買意思決定プロセス」を徹底解説します。あわせて、2024〜2025年の医療業界トレンドを踏まえた営業の考え⽅も紹介します。これから医療分野に新規参⼊する企業の皆さんにとって、実務で役⽴つ“地図”になれば幸いです。
なぜ医療業界の意思決定は特殊なのか?
一般消費者向けのBtoCビジネス業界では、購買判断は個人の感情やニーズに基づき、短期間で完結するケースがほとんどです。広告や口コミ、価格訴求が直接購買に結びつくことも多く、意思決定者は基本的に「本人のみ」です。
一方、製造業や⼀般的なBtoBビジネス業界の営業プロセスには、以下のような構造的な複雑性があります。複数かつ多層の部門・ステークホルダーが関与し、多くは数ヶ月以上の稟議・承認プロセスを経て、多面的な評価・判断基準での導⼊が決まります。
- 複数かつ多層の部門・ステークホルダーが関与(利用部門、購買部門、経営層、法務部門、情報システム部門など)
- 稟議・承認プロセスが存在し、意思決定までに半年~1年以上の時間を要する場合も多い
- 付加価値、費用対効果、運用負荷、契約条件、セキュリティ要件など多面的な評価軸が必要
さらに、BtoBビジネスの中でも医療・ヘルスケア業界(特に病院・医療施設向け)では、各施設の業者訪問規制も厳しく、以下のような医療従事者による高度な判断基準も加わるため、導入難易度は一層高まります。
- 医療従事者であるステークホルダーが関与:診療部門(医局)、看護部門、医療技術部門(薬剤部、リハビリテーション科など)、事務部門(用度課など)
- 院内組織の関与:購入する物品や金額によっては、医療機器選定委員会、薬事委員会、褥瘡対策員会、院内感染対策委員会、安全管理委員会、治験審査委員会(IRB:Institutional Review Board)などの承認が必要
- 科学的根拠:臨床上の有用性、エビデンスベースでの評価、キーオピニオンリーダー(KOL:Key Opinion Leader)の評価など
- 患者アウトカムの向上:臨床効果と安全性(有用性)、治療成績向上、QOL向上、ガイドライン適合性など
- 患者安全・医療倫理・医療関連法規との整合性
- 医療従事者の業務効率化(業務負荷軽減)
- 予算・診療報酬制度の制約:年度予算枠、診療報酬制度との整合性や採算性
このように、人々の生命に関わる医療業界における製品・サービスの導入については、単なる「価格・性能」ではなく、医療従事者による重層的かつ多面的な視点で、慎重に評価・検討されるのが特徴です。
医療機関での購買意思決定フロー(⼤学病院の例)
以下は、私が複数の医療機関を担当する中で、新たな製品・サービスの導入(購入・採用)を検討する際に観察・実践した、「大学病院における典型的な購買意思決定フロー」です。
- 現場医師や看護師が課題認識・ニーズ抽出
例:「この診療で患者QOL向上できる製品が欲しい」「医療従事者の業務作業時間を短縮できる製品・サービスが必要だ」など。 - 申請部門内での合意形成(利用部門となる診療関係者)
同じ科の他の医師、看護師、その他メディカルスタッフと議論し、「本当に導⼊すべきか」を判断。
学会論⽂・導⼊事例・ガイドラインが根拠となることが多い。 - 事務部⾨・予算部⾨のコスト検討
導⼊コスト、保守費⽤、検証コスト、運⽤コストなどを精査。 さらに、導⼊後の採算性、診療報酬の適⽤可否などもチェックされる。 - 院内委員会での承認
導入検討内容により、医療機器選定委員会、薬事委員会などの院内委員会で審議される。 利用部門の申請者が必要書類一式を提出し、委員会メンバーが必要性を検討する。 - 経営層の最終判断
導⼊可否は病院全体の資源配分の観点から判断される。他の⼤型投資案件との優先順位、キャッシュフロー影響、経営戦略との整合性が評価される。
このプロセスを経るためには、通常 6か⽉〜1年以上 の時間がかかる場合が多いです(当社の経験則、担当病院状況による)。
購買意思決定に関与するステークホルダーとアプローチ⽅法
購買意思決定への関与者ごとの価値観や関⼼軸を理解し、最適なアプローチを設計することが成功の鍵です。
| 関与者 | 重視するポイント | 提案時のアプローチ例 |
|---|---|---|
| 医師 | 臨床効果、根拠、患者アウトカム | 学術論文・治験データ・先行導入例を示す |
| 看護部 | 操作性、安全性、事故リスク低減 | 導入後教育コスト、操作性シミュレーションを提示 |
| 臨床工学技士 | 保守運用性・耐久性・法令適合性 | 維持費、故障対応、法令対応体制を明示 |
| 事務部門 / 予算部門 | コスト評価、収益性、診療報酬整合性 | ROIシミュレーション、診療報酬との紐付けを提案 |
| 経営層 / 理事長・院長 | 病院全体戦略との整合性 | 医療DX、経営視点からの収益性、地域戦略とのリンクを示す |
2024〜2025年の医療業界トレンドと意思決定への影響
購買意思決定を左右する“外部環境”を押さえておくことも不可⽋です。以下は現在進⾏中または確実性の⾼いトレンドです。
医療DX と電⼦カルテの標準化
厚⽣労働省では「標準型電⼦カルテ検討ワーキンググループ」を設置し、医療DX推進の⼀環として標準型電⼦カルテ(α版)の開発を進⾏中です。厚⽣労働省+1
この計画では、2024年度中にα版をモデル事業で導⼊、全国展開を⽬指す動きがあります。
厚生労働省
また、病院向けのクラウド化・院内システム共通化の標準仕様化を、2025年度を⽬途に⽰す⽅針も報道されています。Gemmed
この動きは、電⼦カルテシステムを含む医療IT製品の導⼊判断において「規格適合性」「将来的な拡張性」「相互接続性」が強く評価される背景になります。
2024年診療報酬改定(令和6年度診療報酬改定)
2024年改定は医療・介護・障害福祉の三制度同時改定(トリプル改定)であり、医療DX・地域包括ケア・働き方改革が重点分野とされました。株式会社メドコム+1
特に、診療報酬本体改定率は +0.88% とプラス改定となった一方で、全体改定率は –0.12% というバランス改定になりました。Deloitte
改定では、在宅医療・地域医療連携強化、ICT連携の要件強化、診療報酬の効率化が焦点とされています。厚生労働省+1
このような改定の文脈の中で、「導入すれば診療報酬上プラスになる機器・サービス」 は意思決定優位性を持ちます。
地域医療連携・在宅医療拡⼤
高齢化の進展とともに、病院での入院医療だけでなく、在宅医療や地域包括ケアが強化されています。改定内容でも在宅医療に関する評価制度の見直しが含まれています。厚生労働省
これにより、従来の病院中心営業に加えて、クリニック・在宅診療所・介護施設などをターゲットに含める戦略が必要になってきます。
営業DX・リモート商談の定着
COVID-19の影響下で、オンライン商談やデジタル営業化は急速に普及しました。院内⽴ち⼊り規制は今後も断続的に起こり得るため、営業側も リモート商談・デジタル資料・⾮対⾯対応 を前提とした戦略が求められます。
新規参⼊企業が陥りやすい失敗例(当社体験ベース)
以下は、私が実際に経験した典型的なミスパターンです:
- 決裁ルートの誤認
医局直⾏型で提案を進めたが、事務部門との協議が遅れて、予算時期が合わずに導入審査保留。 - ⼈脈頼み・属⼈的営業
特定のキーマン頼みで進めたが、その⼈物が異動・退職するとプロジェクトが停⽌。 - 科学的根拠不足の提案
科学的根拠不足で、院内委員会メンバーの承認を得られず、審査段階で却下。
これらの失敗を経て、私は次のように改善していくことを決めました。
成功につながる実践ポイント(私が実践して成果を出した戦略)
キーパーソンマップの作成~関係構築
医局・看護部・事務部門・経営層等を対象に、キーパーソンとなる購買意思決定関与者(DMU:Decision Making Unit)のマップを作り、各段階で、誰に・どの順番で・どのようにアプローチして関係構築すべきかを整理。
- キーパーソンマップの作成~関係構築
医局・看護部・事務部門・経営層等を対象に、キーパーソンとなる購買意思決定関与者(DMU:Decision Making Unit)のマップを作り、各段階で、誰に・どの順番で・どのようにアプローチして関係構築すべきかを整理。 - 導入提案資料の整備
付加価値、費用対効果のモデル提案、科学的根拠(学術情報)、導⼊事例、アフターサービスなどの提案資料整備。 - デモ実施による事前検証
新規事業開発フェーズでは、まずはPMF*(Product Market Fit)しているか仮説検証する。 *顧客の要望を満たす製品やサービスが、適切な市場で受け入れられている状態 具体的な導入提案フェーズでは、「院内デモ実施の結果、この新たな製品・サービスを導⼊すれば、およそ月あたり〇時間の業務効率化⾒込み」など具体性を持たせる。
これらを組み合わせた結果、ある中規模⼤学病院に対して試験導⼊が決まり、その後の拡張導⼊にも繋がりました。
まとめ ― 医療業界参⼊の第⼀歩は「意思決定の地図」を描くこと
医療業界の営業は、製造業的なスピード重視の⼿法では通⽤しません。
必要なのは、誰が、いつ、何を判断するかを明確に描く「意思決定の地図」 です。
この地図を⼟台に、トレンド(医療DX、診療報酬改定、在宅医療拡⼤など)を押さえつつ、関与者ごとに価値を⽰す提案を設計すれば、導⼊可能性は格段に⾼まります。
私もまだ試⾏錯誤の過程ですが、この⽅法を繰り返すことで、異業種からの新規参入業界であっても成果を出せる信頼性を積んでいます。
医療業界は参⼊障壁が⾼い⼀⽅で、⼤きな成⻑市場です。
ただし、独⼒での突破には限界があります。
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