医療・ヘルスケア業界特化

【完全版・詳細解説】医療・ヘルスケア分野での知財戦略の重要性

2026/02/25

【完全版・詳細解説】医療・ヘルスケア分野での知財戦略の重要性

「高橋さん、いいアイデアを思いついたんです! アプリを作ってすぐリリースしましょう!」 スタートアップの若き社長が目を輝かせて相談に来ます。 私は心を鬼にして言います。 「社長、そのアイデア、特許は出願しましたか? していなければ、リリースした瞬間に模倣されて終わりですよ」

はじめまして。ヘルスケア・法務コンサルタントの高橋美穂です。 医療機器メーカーの薬事申請課出身で、今はベンチャー企業の知財(IP)や薬事戦略の支援をしています。 かつて医療業界の知財といえば、製薬メーカーの「物質特許」が主役でした。 新薬の構造式を守れば、20年間独占できたからです。

しかし、デジタルヘルスの時代になり、戦い方は一変しました。 「治療用アプリ」「診断AI」「遠隔医療システム」。 これらは「モノ」ではなく「アルゴリズム」や「ビジネスモデル」です。 目に見えないこれらをどう守るか? 知財戦略は、もはや「防衛」の手段ではなく、投資家から資金を集めるための「攻撃」の武器(エクイティ・ストーリーの一部)なのです。

本記事では、エンジニアや経営者が見落としがちな「医療×知財」の落とし穴と、競合に勝つための特許ポートフォリオの組み方について解説します。


第1章:デジタルヘルスで狙うべき「特許のツボ」

「プログラムは著作権で守られるから大丈夫」と思っていませんか? 著作権は「ソースコード(書き方)」を守るだけで、「機能(アイデア)」は守れません。 同じ機能を持つ別プログラムを書かれたらアウトです。 だからこそ「特許」が必要です。

1. 「医療行為」は特許にならない(免責事項)

日本では「人間を手術・治療・診断する方法」は特許の対象外(産業上利用可能性がない)とされています。 「医師が〇〇という手順で診断する」という特許は取れません。 しかし、「装置が〇〇というデータを解析し、医師の診断を支援する情報を表示する」という「モノ(プログラム)」の動作として書けば、特許になります。 この「書き方(クレーム作成)」のテクニックが、デジタルヘルス特許の肝です。

2. 用途特許とアルゴリズム

既にあるセンサー(心拍計など)を使っても、「そのデータから『鬱(うつ)病の予兆』を検知する」という新しい「用途」を見つければ、特許になります。 「既存技術 × 新しい医学的知見」。 ここがベンチャーの狙い目です。

3. UI/UX特許の重要性

医療現場では「使いやすさ」が差別化要因になります。 「医師が片手で操作できる画面遷移」「患者が直感的に痛みを入力できるスライダー」。 こうしたUI(ユーザーインターフェース)も特許になります。 Amazonの「ワンクリック特許」のように、優れたUI特許は強力な参入障壁になります。


第2章:知財調査(FTO)をおろそかにするな

「リリース直前に、他社から警告書が届きました…」 これが一番恐ろしい事態です。 Freedom to Operate(FTO:侵害予防調査)は、開発の初期段階でやるべきです。

1. 競合の「網」を知る

大手医療機器メーカー(キヤノン、富士フイルムなど)は、主要な技術周辺に無数の特許を出して「網」を張っています(パテント・トロールではなく、正当な防衛として)。 自分のアイデアが、その網の目に引っかからないか。 あるいは、網の隙間(ホワイトスペース)をつけるか。 これを調べるのが「パテントマップ」分析です。 「敵を知り、己を知れば百戦危うからず」。孫子の兵法は特許の世界でも通じます。

2. 先行技術調査は「宝探し」

「似たような特許があった! もうダメだ」と落ち込む必要はありません。 その特許が「いつ出されたか」「権利範囲はどこまでか」を精査します。 維持年金未払いで消滅しているかもしれません。 範囲が狭ければ、少し構成を変えるだけで回避(設計変更)できるかもしれません。 先行技術は「諦める理由」ではなく、「改良のヒント」を与えてくれる教科書です。


第3章:事業を守る「知財ミックス」戦略

特許だけが知財ではありません。 意匠(デザイン)、商標(ブランド)、そして営業秘密(ノウハウ)。 これらを組み合わせるのが「知財ミックス」です。

1. ノウハウとして「秘匿」する選択

AIの学習モデルや、教師データ。 これを特許出願すると、内容が全世界に公開されてしまいます(公開代償)。 あえて特許を出さず、社外秘の「営業秘密」としてブラックボックス化して管理するのも一つの戦略です。 「見せて守る(特許)」か「隠して守る(秘匿)」か。 この仕分けが重要です。

2. デザイン(意匠権)の活用

最近のヘルステックデバイスは、デザインがおしゃれです。 Apple Watchが良い例ですが、見た目のカッコよさは模倣されやすい。 そこで意匠権です。 特許よりも審査が早く、図面だけで権利化できるため、製品の外観を守る即効性のある手段です。

3. ネーミング(商標権)の罠

「AIドクター」のような一般的な名称は商標登録できません。 しかし、サービス名は愛着が湧くものです。 リリース後に「商標権侵害だから名前変えろ」と言われたら、リブランディング費用で死にます。 ドメインを取る前に、J-PlatPatで商標検索をする。これはマナーです。


第4章:アカデミア(大学)との共同研究の注意点

医療系ベンチャーは大学との共同研究が多いですが、ここで「知財の帰属」トラブルが多発します。

「共有」は避けるのが無難

大学側は「特許は共有(50:50)で」と言ってきます。 しかし、共有特許は「相手の同意がないと他社にライセンスできない」などの制約(実施許諾の制限)がつきます。 将来、事業を売却(M&A)する際、これが足かせになります。 可能であれば「大学には実施料(ロイヤリティ)を払うので、権利は企業単独にさせてほしい」と交渉すべきです。 または、「独占的実施権」を設定してもらう契約を結びます。 契約書の一文が、数年後の会社の運命を決めます。


第5章:明日から使えるアクション・チェックリスト

知財担当がいない会社でも、これだけはやってください。

  • [ ] 開発会議の議事録に「発明の発掘」時間を設けているか?
  • [ ] J-PlatPat(特許情報プラットフォーム)で、競合他社名で検索をかけたか?
  • [ ] 共同研究契約書(MTA含む)の「知財条項」を弁護士に見せたか?
  • [ ] アイデアを学会発表やプレスリリースする前に、出願を済ませたか?(新規性の喪失対策)
  • [ ] 「職務発明規程」を整備し、発明した社員への報奨金を決めているか?

【実録】ケーススタディ:リハビリロボットベンチャーの逆転劇

大学発ベンチャー K社の事例

【課題】 画期的な手首リハビリロボットを開発したが、大手メーカーL社から「当社の特許に抵触している」と警告を受けた。 L社の特許は「アームで腕を動かす」という広範なものだった。

【対応】 私たちはL社の特許を徹底的に分析した。 すると、L社の特許は「モーターで強制的に動かす」技術に限定されていることが分かった。 K社のロボットは「患者が動かそうとする筋肉の電気信号を検知して、補助する(アシスト)」仕組みだった。 この違い(作用機序の違い)を明確に主張する「判定請求」を行い、さらにK社独自のアシスト制御アルゴリズム特許を取得して対抗(カウンター)した。

【結果】 L社は特許侵害の主張を取り下げたばかりか、K社の技術力(センシング技術)に関心を持ち、業務提携を申し入れてきた。 「戦うための知財」が「手を組むための知財」に変わった瞬間だった。


よくある質問(FAQ)

Q. 特許を出すのにいくらかかりますか?
A. 弁理士費用と印紙代で、出願だけで30〜50万円。審査請求から登録まで入れると総額80万〜100万円くらい見ておく必要があります。国際出願(PCT)をするならさらに倍以上です。安くはありませんが、事業を守る保険料としては格安です。

Q. アプリの画面(UI)が変わったら、特許も出し直しですか?
A. 細かいデザイン変更なら大丈夫ですが、機能の根幹が変わるなら出し直し(国内優先権主張出願)が必要です。開発スピードが速いアジャイル開発と、手続きが遅い特許庁のタイムラグをどう埋めるか。ここを戦略的にやるのが知財コンサルの腕の見せ所です。

Q. 「ビジネスモデル特許」って最強ですか?
A. 2000年頃に流行りましたが、今は単なる「ビジネスの手順」だけでは通りません。「ハードウェア(サーバーなど)を使ってどう実現するか」という技術的な裏付けが必要です。過度な期待は禁物です。

Q. 海外で特許を取るにはどうすれば?(PCT出願)
A. 日本で出願してから1年以内に「PCT国際出願」をすれば、世界150ヶ国以上に「出願した」のと同じ効果(優先権)を留保できます。実際に各国で審査を受けるまで30ヶ月の猶予ができるので、その間に海外展開するかどうかを見極めることができます。とりあえず日本出し+PCTまでセットで予算化しましょう。

Q. 共同開発した大学の教員が、論文発表してしまいました。
A. よくある事故ですね。論文発表=公知になるので、原則として特許は取れなくなります。しかし、日本には「新規性の喪失の例外規定」という救済措置があります。発表から1年以内なら、所定の手続きを踏めば出願可能です。諦めずに弁理士に相談してください。ただし、欧州など救済されない国もあるので、やはり「発表前の出願」が鉄則です。


現場で使える!重要用語解説

  • 新規性の喪失の例外:
    • 学会発表などでアイデアを公開してしまっても、1年以内なら特許出願できる救済措置。ただし、海外では認められない国もあるので、原則は「出願が先、発表は後(File First)」です。
  • FTO (Freedom to Operate):
    • 事業適格性調査。他社の特許権を侵害することなく、自由に事業を行える状態にあるかどうかの調査。VCが投資判断する際に最も重視する項目の一つ。
  • 職務発明(しょくむはつめい):
    • 従業員が仕事で生み出した発明。現在は「最初から法人帰属」にすることが可能ですが、発明者(従業員)には「相当の利益(金銭など)」を受ける権利があります。ここで揉めて訴訟になるケースも多いので(青色LED訴訟など)、事前に「実績に応じて売上の〇%を還元する」といった社内規程を定めておくことが、トラブル防止の鉄則です。

コラム:知財は「ラブレター」である

特許明細書という書類を読んだことがありますか? 難解な日本語で書かれていますが、あれは発明者から世の中への「ラブレター」だと私は思っています。 「世の中のこの課題を、私はこんな新しい方法で解決したいんだ!」 その情熱が、論理という衣をまとって書かれています。

私たちの仕事は、その情熱が法的に正しく保護され、ビジネスとして花開くよう、翻訳し、守り抜くことです。 あなたのアイデアは、まだ原石かもしれません。 でも、磨けば世界を変えるダイヤモンドになるかもしれない。 その輝きを、誰にも奪わせないために。 まずは弁理士や知財専門家に相談してください。 一番の応援団になりますから。


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