「先生、私の睡眠スコア、80点だったんですけど、なんでこんなに眠いんですか?」
提携先のクリニックで、患者さんがスマホ画面を見せながら医師に詰め寄っている場面に遭遇しました。 そのアプリは、加速度センサーで体動を見ているだけの簡易的なものです。 一方で、患者さんが訴えているのは、おそらく「睡眠時無呼吸」による質の低下。 これは脳波や酸素飽和度を見ないと分かりません。 ここに、現在のスリープテック市場の最大の課題、「エンタメ系デバイスと医療レベルの乖離」があります。
はじめまして。睡眠研究ベンチャーでヘルスケア事業部の主任をしている百川良子です。 元々は大学の研究機関向けに、実験用の睡眠解析サービスを提供していましたが、今は「病院で使える睡眠検査サービス」の事業化に取り組んでいます。 正直、営業は苦手です。 でも、睡眠データの解析なら誰にも負けません。 そんな「研究一筋」だった私が、ビジネスの荒波に揉まれながら気づいた、スリープテックの真実と可能性についてお話しします。
第1章:スリープテック市場の「不都合な真実」
睡眠市場は「3兆円」とも言われますが、そこには大きな落とし穴があります。
1. 「測って終わり」の壁
Apple WatchやFitbitの普及で、自分の睡眠を「測る」人は増えました。 しかし、「昨日は深睡眠が少なかったね」と言われて、ユーザーは何ができるでしょうか? 「早く寝る」「カフェインを控える」くらいしかアクションがありません。 結果、多くのユーザーが「測っても変わらないじゃん」と飽きて、デバイスを外してしまいます。 ビジネスとして成功させるには、「測定(センシング)」の先にある「ソリューション(解決策)」をセットで提供しなければなりません。
2. 医療機器と雑貨のグレーゾーン
私が一番苦労しているのがここです。 本当に正確なデータを取ろうとすると、脳波計が必要です。しかし、頭に電極をつけるのはユーザビリティが悪い。 かといって、マットレスの下に敷くセンサーでは、医療診断には使えません。 多くのスタートアップが、この「精度の壁」と「使いやすさ」の板挟みになり、結局どっちつかずの「雑貨」として製品化し、消えていきました。 医療機関に導入してもらうには、感度・特異度といった「診断精度」のエビデンスが絶対条件です。
3. 「睡眠負債」という目に見えない敵
「高血圧」なら薬を飲みますが、「睡眠不足」で病院に行く人は稀です。 しかし、睡眠不足は糖尿病、うつ病、認知症のリスクを高めることが科学的に証明されています。 この「将来のリスク」に対して、今お金を払ってもらうことの難しさ。 私たちは今、企業の健康経営向けに「睡眠改善でプレゼンティズム(生産性)が上がる」という経済合理性を訴求することで、ようやく市場をこじ開けつつあります。
第2章:最新トレンド ~「寝具」から「脳への介入」へ~
市場は今、劇的に変化しています。
1. 簡易検査デバイス(HSAT)の進化
従来、睡眠時無呼吸症候群(SAS)の検査は、病院に一泊する必要がありました(PSG検査)。 これが今、指輪型やパッチ型の小型デバイスを自宅に送るだけで、同等の検査ができるようになりつつあります。 私も開発に関わっていますが、これにより「潜在患者(国内に2000万人とも言われる)」の掘り起こしが加速しています。 病院にとっても、病床を埋めずに検査収益が得られるため、導入メリットが大きいのです。
2. スリープテック×メンタルヘルス
不眠はメンタル不調の最初のサインです。 産業医面談の前に、睡眠ログの乱れをAIが検知し、「最近眠れてないようですが、大丈夫ですか?」とアラートを出す。 この「早期発見ツール」としてのニーズが急増しています。 睡眠データは、個人のプライバシーの中でも特にセンシティブですが、メンタルヘルス防衛の防波堤として機能するのです。
3. ニューロモジュレーション(脳への介入)
「測る」だけでなく、積極的に「眠らせる」技術です。
- 微弱電流刺激: 頭に電気を流してリラックスさせる。
- 音響刺激: 特定の周波数の音で、脳波を徐波睡眠(深い睡眠)に誘導する。 まだ研究段階のものも多いですが、薬に頼らない不眠治療(DTx:デジタルセラピューティクス)として、製薬会社も注目しています。
第3章:研究開発型ベンチャーが直面した「3つの死の谷」
良い技術があれば売れるわけではありませんでした。
1. アカデミアとビジネスの言語の違い
私は大学の先生方に「このアルゴリズムの信頼区間は99%です」と説明して売ってきました。 しかし、企業の担当者に同じ説明をすると「で、社員の残業代はいくら減るの?」と返されます。 「科学的正確さ」と「ビジネス的価値(ROI)」は別物です。 私は営業担当とペアを組むことで、私の「研究バカ」な説明を「利益の話」に翻訳してもらうようにしました。
2. 医療機関の保守的な導入プロセス
新しい検査機器を導入してもらうには、院内倫理委員会の承認や、既存の検査技師さんのオペレーション変更が必要です。 「従来のPSG検査の方が点数が高いから、新しいのはいらない」と言われることもあります。 そこで私たちは、デバイスを売るのではなく、「解析センターでのレポート作成代行」というサービスモデルに転換しました。 技師さんの手間を減らす(解析業務のアウトソース)提案にした途端、導入が進みました。
3. マネタイズの難しさ
アプリ単体で月額課金してもらうのは至難の業です。 私たちは、人間ドックの「オプション検査」として組み込んでもらうBtoBtoCモデルにピボットしました。 「脳ドック」があるなら「睡眠ドック」があってもいい。 健診センターと提携することで、安定的な検査数(検体数)を確保できるようになりました。
第4章:導入成功事例のスキーム構築
クリニック向けSAS(睡眠時無呼吸)スクリーニングパック
Step 1: 集患 地域の運送会社(トラックドライバー)に対し、睡眠検査の重要性を啓蒙セミナーで行う。 「事故のリスクを減らす」という安全管理の文脈でアプローチ。
Step 2: 自宅検査 ドライバーの自宅に当社の指輪型デバイスを郵送。 2晩装着して返送してもらうだけ。
Step 3: スクリーニングと受診勧奨 解析結果でリスクが高い人だけに、「提携クリニックへの紹介状」を同封する。 これにより、クリニック側は「確度の高い患者」だけを診察でき、無駄な問診時間が減る。
Step 4: CPAP治療への移行 SASと診断されれば、CPAP(持続陽圧呼吸療法)という治療機器のレンタル(保険適用)につながり、クリニックに毎月チャリンチャリンと点数が入る。
この「三方よし(会社は安全、患者は健康、病院は収益)」のエコシステムを作ることが、スリープテック事業のゴールです。
第5章:明日から使えるアクション・チェックリスト
研究者視点で、そのサービスの「確かさ」をチェックします。
- [ ] そのデバイスの測定精度は、PSG検査(ゴールドスタンダード)と比較検証されているか?
- [ ] 「睡眠スコア」の算出ロジックはブラックボックスになっていないか?(説明可能か?)
- [ ] 取得したデータの所有権はユーザーにあるか、企業にあるか明示しているか?
- [ ] 導入先の医療機関(受け皿)との連携フローは確立しているか?
- [ ] 薬機法上の「診断」行為に抵触しない表現になっているか?
【実録】ケーススタディ:ホテル×スリープテック
ビジネスホテルチェーン B社の事例
【課題】 競合との差別化が難しく、価格競争に巻き込まれていた。 「快適な眠り」を謳っていたが、高級マットレスを入れる以上の手がなかった。
【導入施策】 「快眠ルームプラン」を設定。 ベッドサイドに非接触の睡眠センサーと、睡眠導入を促す音響・照明システムを設置。 チェックアウト時に、フロントで「睡眠解析レポート」を手渡し(またはアプリで閲覧)。
【結果】 「自分の睡眠を知りたい」というビジネスパーソンの出張需要を取り込み、稼働率が15%向上。 単価も通常プランより3000円アップできた。 宿泊客のデータ(匿名化済み)は、私たちにとっても「環境ごとの睡眠の質」を分析する貴重なビッグデータとなっている。
よくある質問(FAQ)
Q. ウェアラブルデバイスと据え置き型、どっちがいいですか? A. 目的によります。日中の活動量も含めて見たいならウェアラブル。装着感が嫌で、自然な睡眠を見たいなら据え置き(マットレス下センサー等)。医療用途では、バイタルが正確に取れるウェアラブル(特にパルスオキシメーター機能付き)が優勢です。
Q. 睡眠を改善する「光」って本当に効くんですか? A. 効きます。サーカディアンリズム(体内時計)は光、特に朝の青色光でリセットされます。逆に夜のブルーライトは睡眠を阻害します。照明コントロールは、最もエビデンスレベルが高い介入方法の一つです。
Q. 睡眠データは売れますか? A. データ単体では売れません。「どの商品開発に使えるか」という出口が必要です。例えば、食品メーカーと一緒に「睡眠の質を高めるチョコレート」の効果検証に使うなら、データには高い価値がつきます。
Q. 昼寝は睡眠不足の解消になりますか? A. なりますが、ルールがあります。「午後3時までに、20分以内」です。これを超えると夜の睡眠圧(眠気)が減ってしまい、夜眠れなくなるという悪循環に陥ります。私たちは企業向けに「パワーナップ(積極的仮眠)制度」の導入支援も行っています。
現場で使える!重要用語解説
- PSG検査 (Polysomnography):
- 睡眠ポリグラフ検査。脳波、眼球運動、筋電図、呼吸などを一晩かけて測定する、睡眠検査のゴールドスタンダード。入院が必要でハードルが高い。
- SAS (Sleep Apnea Syndrome):
- 睡眠時無呼吸症候群。大きないびきと、睡眠中の呼吸停止が特徴。高血圧や心疾患の原因となり、居眠り運転事故のリスクも高める。
- 不眠症の認知行動療法 (CBT-I):
- 薬を使わずに、睡眠に対する誤った考え方や習慣を修正する治療法。欧米では第一選択肢ですが、日本では実施できる専門家が不足しており、アプリ化(DTx)が期待されています。
コラム:エビデンスは「愛」である
研究者の私は、ずっと「数字」と向き合ってきました。 でも、その数字の向こうには、眠れなくて不安な夜を過ごしている「誰か」がいます。
「エビデンスなんて面倒くさい」 ビジネスの世界ではそう言われることもあります。 でも、本当に相手の健康を思うなら、不確かなものは提供できません。 エビデンスを追求することは、ユーザーに対する誠実さであり、ある種の「愛」だと私は思っています。
スリープテックは、まだ発展途上です。 だからこそ、私たちのようなベンチャーが、嘘のない、本物の技術を社会に届けていく責任がある。 もしあなたが、自分の商材の根拠に自信が持てないなら、いつでも相談してください。 一緒にデータを分析して、胸を張って売れる商品に育て上げましょう。 (厳しめにチェックしますけど覚悟してくださいね!)
大きな成長市場です。
ただし、独力での突破には
限界があります。
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