「Uberがタクシー業界を変えたように、私たちは医療業界を変えられるだろうか?」
私たちヘルスケア系スタートアップの経営者が、夜な夜な集まっては議論している熱いテーマです。 これまでの医療は、患者が病院に行く(Patient to Doctor)のが当たり前でした。 しかし、スマホと通信インフラの進化、そしてコロナ禍によるパラダイムシフトにより、医師がデジタルの力を借りて患者のポケットの中に飛び込んでいく(Doctor to Patient)世界が可能になりました。
こんにちは、スタートアップCEOの山口です。 外資系コンサル時代に、金融(FinTech)や物流(LogiTech)など多くの業界の「破壊(Disruption)」を見てきましたが、医療業界ほど岩盤規制が固く、しかしそれゆえにイノベーションの余地(ホワイトスペース)が大きい業界はありません。
D to Pプラットフォーム。 オンライン診療、医療相談アプリ、処方薬配送サービス、症状チェックボット。 これらは単なる「便利なITツール」ではありません。 情報の非対称性を解消し、患者に主導権(エンパワーメント)を取り戻すための革命的な装置です。
しかし、この領域で起業し、生き残るのは至難の業です。 医師法、薬機法、医療広告ガイドライン。ここには無数の「規制の地雷」が埋まっており、マネタイズ(収益化)の難易度も極めて高い。 多くのスタートアップが、志半ばで資金ショートし、消えていきました。
本記事では、この激動の市場で戦う現役CEOとして、D to Pビジネスの「勝てるモデル」、絶対に踏んではいけない「地雷」、そして投資家(VC)がどこを見て評価しているかについて、現場のリアルをお伝えします。
第1章:なぜ今、D to Pが熱いのか? ~市場の構造変化~
1. 「パターナリズム」からの脱却と主権回復
かつて医療は「お医者様にお任せ」するものでした。この関係性をパターナリズム(父権主義)と呼びます。 しかし、Googleで検索すれば病気の情報が出てくる時代、患者は賢くなりました。 「納得して選びたい」「セカンドオピニオンが欲しい」「自分の検査値を知りたい」。 この消費者の意識変化が、プラットフォームへの需要を爆発させています。 私たちは、医師と患者が対等に話せる「場」を提供することで、このニーズに応えます。 Amazonでモノを買うように、医療も選びたい。その当たり前の欲求が原動力です。
2. 「未病・悩み」という巨大市場
保険診療は原則として「病気」になってから始まります。 しかし、その手前には「薄毛(AGA)」「肌荒れ」「性のお悩み(ED/ピル)」「不眠」といった、命には関わらないがQOL(生活の質)に深く関わる巨大な悩み市場があります。 これらは、対面診療の心理的ハードルが高い(恥ずかしい、忙しい)ため、匿名性の高いオンラインプラットフォームと相性が抜群です。 実際、ユニコーン企業(評価額10億ドル以上)になっているヘルスケア企業の多くは、この「自由診療 × オンライン」領域からスタートしています。
3. 時間という資産の共有(シェアリングエコノミー)
医師の働き方も変わりました。 「当直明けで暇な時間」「育児中の隙間時間」「定年退職後の時間」。 こうした医師の未利用時間を、スマホ一つで価値に変える。 D to Pプラットフォームは、医療リソースの最適配分を行うシェアリングビジネスでもあります。 医師にとっては「新しい働き方」であり、患者にとっては「いつでもつながれる安心」です。
第2章:勝てるビジネスモデルの設計(Design)
「誰から、どうやってお金をもらうか」。ここに経営者のセンスが問われます。
戦略1:サブスクリプション(月額課金)
- モデル: 月額500円で24時間365日、医師・看護師に相談し放題。
- 勝算: ユーザーにとって定額の安心感がある。しかし、LTV(顧客生涯価値)を維持するためには、病気以外の時もアプリを開かせるコンテンツや付加価値(クーポン、行動ログ機能など)を提供し続けなければ、数ヶ月で解約されます。
- 私の視点: BtoCでの単体黒字化は難しい。保険会社や企業の福利厚生と組んでBtoBtoCでまとまったユーザーを獲得するのが王道です。
戦略2:トランザクション(物販・配送)
- モデル: 診察料自体は無料~安価にし、その後の薬、サプリメント、検査キットの販売益で稼ぐ。
- 勝算: ユーザーは「相談」には金を払いたがらないが、「モノ(薬)」にはお金を払いやすい。AGAや美容皮膚科が成功しているモデルです。
- 私の視点: 利益率は高いですが、薬機法のリスクが最も高い領域です。「医師の診察なしで薬を売る」ような脱法行為にならないよう、極めて慎重な法務設計が必要です。
戦略3:フリーミアム(データ・広告)
- モデル: 利用は完全無料。集まったヘルスデータを匿名加工して製薬会社に販売、またはユーザーの属性に合わせたターゲティング広告を出す。
- 勝算: プラットフォームの規模(ユーザー数)が全て。数百万ユーザーが必要。
- 私の視点: 最初は赤字を掘り続ける体力(資金調達力)が必要です。GoogleやLINEのようなメガプラットフォーマー向きの戦略と言えます。
第3章:ステークホルダー別攻略法 ~仲間をどう集めるか~
1. 医師(サプライヤー)
- 課題: 忙しい、怪しいサービスに関わりたくない。
- 私のアプローチ: 「報酬」よりも「働きやすさ」と「ブランディング」で口説きます。「先生、隙間時間の10分だけでいいんです。しかも、先生の専門知識が全国の患者さんに届き、クリニックの知名度が上がります」と。初期のコアメンバードクターは、私の足で稼ぎ、土下座してでも集めました。
2. 投資家(VC)
- 課題: 規制産業だからスケールしないのでは?
- 私のアプローチ: 「TAM(獲得可能な最大市場規模)」を大きく見せます。「我々は単なるオンライン診療屋ではありません。日本の医療費40兆円の、わずか1%の非効率を解消するだけでも4000億円市場です。これは医療インフラのリプレイスです」と、スケール感を伝えます。
3. 規制当局(厚労省・保健所)
- 課題: 違法行為の温床になるのでは?
- 私のアプローチ: 論破してはいけません。「グレーゾーン解消制度」などを活用し、事前に相談に行きます。「御庁の懸念点はここの安全性ですよね? その対策として本人確認(eKYC)やチャットログ保存など、こういう厳重な仕組みを入れています」と、遵法精神を示すことが、最大の防御です。
第4章:スタートアップのためのロードマップ
フェーズ1:PMF(プロダクト・マーケット・フィット)
まずは一つの疾患(例:不眠症)、一つの悩み(例:妊活)に絞ります。 「不眠症の人なら絶対使う」という熱狂的な状態を作れるか。 あれもこれもと機能を広げると、誰にも刺さらない中途半端なサービスになります。 ターゲットを絞り、UXを磨き込みます。
フェーズ2:ユニットエコノミクスの確立
1ユーザー獲得するのにかかるコスト(CAC)と、1ユーザーから得られる利益(LTV)が見合うか。 一般的に LTV > 3×CAC が健全と言われます。 この黄金律が成立するまでは、大規模な広告費を踏んではいけません。穴の空いたバケツに水を注ぐことになります。
フェーズ3:グロース(急拡大)
ユニットエコノミクスが合ったら、ここで初めて大型の資金調達を行い、テレビCMやWeb広告を投下します。 同時に、オペレーション(薬の配送、カスタマーサポート)がパンクしないよう、組織作りも進めます。 今の私の会社は、まさにこのフェーズにいます。毎日が戦場です。
第5章:明日から使えるアクション・チェックリスト
起業家、新規事業担当者のための生存確認リストです。
- [ ] そのビジネスは「医師法20条(無診察治療の禁止)」をクリアしているか?(弁護士の意見書はあるか?)
- [ ] ターゲットユーザーの「痛み」は、お金を払ってでも解決したいほど深いか?(Nice to haveではなくMust haveか?)
- [ ] 競合(大手IT、既存のクリニック)に対する明確な差別化要素(MOAT)はあるか?
- [ ] 撤退ライン(損切りポイント)を決めているか?
- [ ] 万が一の医療過誤(誤診など)に備えた「賠償責任保険」に入っているか?
- [ ] ユーザーの本人確認(eKYC)フローは確立されているか?
【実録】ケーススタディ:ニッチトップ戦略の勝利
米国 H社の事例(男性向けヘルスケア)
【課題】 男性はプライドが高く、自分の健康の悩み(特に下半身の悩み)を病院で相談したがらない。早期発見が遅れがち。
【戦略】 ブランドイメージを「ジメジメした医療」ではなく「クールなライフスタイル」に設定。 WebサイトはおしゃれなD2Cアパレルブランドのようにし、薬のパッケージもシンプルでスタイリッシュに。 「病気を治す」ではなく「イケてる男になるためのメンテナンス」という訴求に変えた。
【結果】 ミレニアル世代を中心に爆発的なヒット。時価総額は数千億円に。 「医療のエンタメ化・ブランド化」という新しい地平を切り拓いた事例として、私たちは強くベンチマークしています。
よくある質問(FAQ)
Q. オンライン診療の報酬が下がったら終わりでは? A. その通りです。制度ビジネスの宿命です。だからこそ、保険点数に依存しないビジネスモデル(自費診療、SaaS利用料、物販、広告)を組み合わせておく必要があります。「制度変更リスク」を織り込んでポートフォリオを組むのが経営者の仕事です。
Q. 医師の質にバラツキがあるのですが。 A. プラットフォームの最大の課題です。Uberがドライバーを相互評価するように、ユーザーによる医師のレビューシステムを導入し、あまりに評価の低い医師にはプラットフォームから退場してもらう仕組みも必要です。品質管理(Quality Assurance)はサービスの生命線です。
現場で使える!重要用語解説
- LTV (Life Time Value):
- 顧客生涯価値。1人のユーザーが契約してから解約するまでに払ってくれるお金の総額。
- CAC (Customer Acquisition Cost):
- 顧客獲得コスト。1人のユーザーを獲得するのにかかった広告費などの総額。
- ユニットエコノミクス:
- 1顧客あたりの採算性。これが赤字のまま規模を拡大すると、会社は死にます。
コラム:岩盤規制にドリルで穴を開ける
「そんなの無理だよ、法律で決まってるから」 何度も言われました。 でも、法律は絶対ではありません。時代や技術に合わせて変わるものです。 実際に、これまで禁止されていた初診からのオンライン診療は解禁されました。 それは、自然に変わったのではなく、誰かが諦めずに声を上げ続け、実績を作り、社会を説得したからです。
スタートアップ(Start-up)とは、単に会社を始めることではありません。 新しい価値観で、世界を再起動(Re-boot)することです。 岩盤規制という壁に、一緒になんとかして穴を開けようとする。 そんなクレイジーな仲間を、私は常に探しています。
大きな成長市場です。
ただし、独力での突破には
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