「ベッドメーカーの人間が、なぜセキュリティの話を?」
そう思われるのも無理はありません。 私、佐藤は普段、電動ベッドや病室の療養環境改善を提案している営業統括部長です。 仕事の相手は、事務長や看護部長、そして施設課の方々。 ITやシステムの話とは無縁の世界で生きてきました。
しかし、最近の病院営業で、ある決定的な変化を肌で感じています。 それは、「すべてのモノがネットワークにつながり始めた」ということです。
先日納入した最新の電動ベッドには、患者さんの離床(起き上がり)を検知するWi-Fiセンサーが付いています。 ナースコールも、心電図モニターも、輸液ポンプも、すべて院内LANにつながっています。 これは何を意味するか。 かつては「精密機器」だけだった病院のリスクが、「病室のベッド」や「設備」にまで広がっているということです。
「もし、ハッカーに乗っ取られたベッドが勝手に動き出し、患者さんを挟み込んだら?」 「もし、ナースコールがハッキングされて、緊急時に一切鳴らなくなったら?」 「もし、空調システムが制御不能になり、手術室が灼熱になったら?」
これらはSFの話ではありません。海外ではIoT機器を狙った攻撃で実際に起きているリスクです。 医療機関におけるサイバーセキュリティは、もはや「カルテ情報の漏洩」だけの問題ではありません。 患者さんの身体生命を直接脅かす「医療安全(ペイシェント・セーフティ)」の問題なのです。
ITの専門家ではない、設備屋の私だからこそ見える「物理的な現場」のリスク。 そこから、医療機関が取り組むべきセキュリティ対策について、分かりやすく解説します。 専門用語はなるべく使いません。院長室のドアを叩くつもりで、お読みください。
第1章:なぜ、あなたの病院が狙われるのか? ~「空き巣」から「強盗」へ~
1. 守りの薄い「裏口」が激増している
昔の病院は、外部と遮断された孤島(クローズドネットワーク)でした。 しかし今は違います。 遠隔画像診断、在宅医療との連携、地域包括ケアシステム。 便利な「窓」や「ドア」が増えれば増えるほど、泥棒(ハッカー)の侵入口も増えます。 特に、私が扱うような「医療機器」や「設備機器」は、PCに比べてセキュリティ対策が後回しにされがちです。 ・サポート切れのOS(Windows XP/7)のまま動き続けているCTやMRI ・パスワードが初期設定(0000やadmin)のままのWi-Fiルーター ・誰でも触れる場所に放置されたメンテナンス用ポート 彼らは、正面玄関(ファイアウォール)ではなく、こうした管理の甘い「裏口」を狙っています。
2. 「人質」の価値が高い
ランサムウェア(身代金要求ウイルス)の攻撃者は、冷徹なビジネスマンです。 「一番金を払いそうな相手」「払わざるを得ない相手」を選びます。 病院がシステムを止められたらどうなるか。 手術ができない、薬が出せない、救急車が受け入れられない。 人の命がかかっている以上、病院側は「払う」という選択をせざるを得ない状況に追い込まれます。 攻撃者はその「弱み」を知り尽くしています。 だからこそ、一般企業よりも病院が標的になるケースが増えているのです。
3. サプライチェーン攻撃の標的
大病院は最近、セキュリティを強化しています。 そこで攻撃者が使う手口が「サプライチェーン攻撃」です。 セキュリティの甘い出入りの事業者(給食業者、清掃業者、そして私たちのような機器メーカー)や、連携している小規模クリニックをまず乗っ取ります。 そして、そこを踏み台にして、ネットワーク経由で本丸である基幹病院のシステムに侵入するのです。 「うちは小さいから関係ない」と思っているクリニックこそ、加害者になるリスクがあります。
第2章:現場を守る「3つの鉄則」
高価なセキュリティソフトを入れる前に、現場でできることがあります。設備屋の視点で提言します。
鉄則1:医療機器を「PC」だと思え
「医療機器は専用機だからウイルスには感染しない」。これは大きな間違いです。 中身はWindowsなどの汎用OSで動いていることがほとんどです。 USBメモリを挿せば感染しますし、LANケーブルをつなげば拡散します。 私が担当した病院でも、USBメモリ経由で超音波診断装置がウイルス感染し、検査ができなくなった事例がありました。 「心電図モニターも、ベッドのセンサーも、すべてPCの一種だ」という意識をスタッフ全員が持つことが、防御の第一歩です。
鉄則2:ネットワークの「断捨離」と「分離」
不要なものはつながない。これが鉄則です。 「便利だから」という理由で、医療情報系のネットワークに、事務用のPCや私物のスマホをつないでいませんか? それは、無菌室に土足で入るようなものです。 ・医療情報系(電子カルテなど) ・インターネット系(Web閲覧、メール) ・設備系(空調、ベッド管理など) これらを物理的、あるいは論理的に完全に分ける(ネットワーク分離)。 これが最強の防御壁になります。多少不便でも、安全には代えられません。
鉄則3:アナログな「バックアップ」
どんなに強固な守りも、いつか破られます。 重要なのは、「破られた時にどう復旧するか」です。 私が推奨するのは、**「オフライン(線をつながない)バックアップ」**です。 ネットワークから切り離された外付けHDDやテープ媒体にデータを残す。 ランサムウェアはネットワーク越しに、つながっている全てのサーバーやバックアップを暗号化しますが、物理的に線がつながっていなければ手出しできません。 最後はアナログが勝つのです。金庫の中にHDDを入れる。これが命綱になります。
第3章:ステークホルダー別攻略法 ~院内政治の動かし方~
セキュリティ対策にお金を出したがらない上層部をどう説得するか。私ならこう切り出します。
1. 病院長・理事長
- 関心事: 経営リスク、社会的信用。
- 私のアプローチ: 「医療安全管理対策」として提案します。「院長、これはシステムの話ではありません。転倒転落防止と同じ、患者さんの安全対策です。もし事故が起きて、マスコミに『サイバー対策不備で患者死亡』と書かれたら、病院の存続に関わりますよ」と、経営の最大リスクとして認識させます。
2. 事務長・用度課(予算担当)
- 関心事: コスト削減。
- 私のアプローチ: コストパフォーマンスで語ります。「被害に遭った時の損害額(システム復旧、休業補償、損害賠償で数億円)と、今の対策費(数百万円)を天秤にかけてください。火災保険と同じです。何も起きなければ掛け捨てですが、起きれば破綻を防げます」と、数字で比較します。
3. 現場スタッフ(医師・看護師)
- 関心事: 利便性、手間。
- 私のアプローチ: 「面倒くさい」と思わせないこと。「パスワードを長く複雑にしろ」と言うより、「二要素認証(職員証をかざすだけ、指紋認証)を導入して、入力の手間を減らしましょう」と、利便性向上とセットで提案します。セキュリティ強化=不便、という図式を壊すのがポイントです。
第4章:もしもの時のロードマップ ~BCP(事業継続計画)~
火事と同じで、攻撃を受けた時に現場は何をすべきか。訓練していなければ動けません。
ステップ1:異常検知と「LANケーブル抜去」
「画面がおかしい」「動きが極端に遅い」「身代金要求画面が出た」。 現場が異変に気づいたら、システム担当者を待つ前に、まずLANケーブルを抜く。 この「抜去権限」を現場のリーダーに与えてください。 初期の段階でネットワークから隔離できれば、被害を最小限に食い止められます。初期消火がすべてです。
ステップ2:紙カルテ運用の発動(アナログ回帰)
電子カルテが止まった瞬間、病院は大混乱に陥ります。 その時、「紙の処方箋」「紙の指示簿」「紙の検査伝票」のフォーマットは用意されていますか? どこに保管してあるか、新人の看護師さんは知っていますか? 年に一度は、「電子カルテを使わない日(ダウンタイム訓練)」を設けるべきです。 私たちメーカーも、その日はベッドのサイドテーブルが「書き物机」として機能するよう、環境整備をお手伝いします。
ステップ3:復旧と公表(クライシスコミュニケーション)
バックアップからの復旧には時間がかかります(数週間~数ヶ月)。 その間、地域住民や患者さんにどう説明するか。 「システム障害です」と誤魔化すのか、正直に「攻撃を受けました」と言うのか。 隠せば隠すほど、後で発覚した時の社会的制裁は大きくなります。 「正直に、迅速に、継続的に」情報を公開する準備をしておきましょう。
第5章:明日から使えるアクション・チェックリスト
設備点検と同じ感覚で、以下の項目をチェックしてみてください。
- [ ] 院内の医療機器リスト(OSのバージョン含む)は最新か?(埋もれたWindows XPはないか)
- [ ] 医療情報系ネットワークとインターネット系は分離されているか?
- [ ] USBメモリの私的利用は物理的にブロック(差込口を塞ぐなど)されているか?
- [ ] バックアップは「ネットワークから切り離された場所」にあるか?
- [ ] ベンダー(私たちメーカー含む)のリモート保守回線は、必要な時だけ接続する運用になっているか?
- [ ] スタッフへの「標的型メール攻撃訓練」を実施しているか?(怪しい添付ファイルを開かせない訓練)
- [ ] サイバー保険への加入は検討したか?(初動対応費用が賄えるか)
【実録】ケーススタディ:古いMRI操作端末が入り口だった
地方のG病院(250床)の事例
【発端】 ある日曜日の夜、院内の全プリンターから一斉に英語の脅迫文が印刷され始めた。 当直医が電子カルテを開こうとするが、ファイルが全て暗号化され、操作不能に。
【原因】 侵入経路は、サポート切れのOS(Windows XP)で動いていた古いMRI操作端末だった。 保守業者がメンテナンスのためにインターネットに一時接続した際、脆弱性を突かれてウイルスが侵入。 そこから院内LANを通じて、セキュリティパッチが当たっていなかったサーバー群へ一気に感染が広がった。
【結果】 電子カルテの復旧に2ヶ月かかり、その間の診療報酬請求ができず、資金繰りが悪化。 新規受け入れ停止による減収と、システム復旧費用で、特別損失は3億円を超えた。
【教訓】 「古い医療機器はセキュリティホール(穴)そのもの」。 予算の都合で買い替えられないなら、せめてネットワークから完全に切り離して(スタンドアロンで)運用すべきだった。 物理的な遮断こそが、コストをかけない最強の対策だったのです。
よくある質問(FAQ)
Q. うちは田舎の小さな病院だから狙われないでしょう? A. むしろ逆です。大病院は守りが堅いので、セキュリティの甘い中小病院やクリニックを狙い、そこを踏み台にして地域連携ネットワーク経由で大病院を攻めるのです。あなたの病院が「加害者」にならないためにも、対策が必要です。
Q. 予算がありません。 A. お金をかけなくてもできることはあります。「OSのアップデートをサボらない」「パスワードを使い回さない」「離席時は画面ロックする」。これだけでリスクは半減します。まずは「基本の徹底(サイバー・ハイジーン)」からです。
Q. クラウド型電子カルテなら安全ですか? A. オンプレミス(院内サーバー)より安全な面は多いですが、絶対ではありません。接続する院内の端末がウイルス感染すれば、クラウドのアカウント情報を盗まれてしまいます。「クラウドだから安心」と思考停止せず、端末管理(エンドポイントセキュリティ)はしっかり行いましょう。
現場で使える!重要用語解説
- オフラインバックアップ:
- ネットワークにつながっていない保存媒体(HDD、テープなど)。ランサムウェア対策の「最後の砦」です。
- VPN機器の脆弱性:
- 外部から接続するための装置のセキュリティ欠陥。ここが狙われるケースが非常に多いです。常に最新の状態(ファームウェア更新)に保つ必要があります。
- サイバー・ハイジーン (Cyber Hygiene):
- サイバー空間の衛生管理。手洗いうがいと同じで、日常的な点検やアップデートを行うこと。
コラム:見えない「柵」を上げる
私は普段、患者さんの転落を防ぐために、ベッドの「柵」を上げる大切さを伝えています。 セキュリティ対策も、この「柵」と同じです。 目には見えませんが、悪意ある攻撃から患者さんの命と個人情報を守る、重要な防御壁です。
「ITは分からない」で済まされる時代は終わりました。 患者さんを守るために、物理的な柵だけでなく、デジタルの柵もしっかりと上げていきましょう。 医療環境を整える設備屋としての、私の新たな使命だと思っています。
大きな成長市場です。
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