「この製品は素晴らしいんです」「きっとお役に立てると思います」。このような、自社製品の機能や自らの熱意を起点とした、いわば「目隠し」状態の営業トークは、もはや百戦錬磨の病院経営層には響きません。私がコンサルタントとして多くの病院と関わる中で確信しているのは、彼らが聞きたいのは「売り手の情熱」ではなく、「自院の課題を解決する客観的な根拠(エビデンス)」だということです。
では、どうすれば病院のリアルな課題を、訪問前に、しかも客観的なデータに基づいて把握できるのか。その答えの一つが、公開情報である「DPCデータ」の活用です。DPCデータは、単なる診療報酬計算のための仕組みではありません。それは、病院の経営戦略、地域での強み、そして効率化の余地がある弱みが赤裸々に記された「宝の地図」なのです。
勘と経験だけに頼った営業から脱却し、データに基づいた戦略的パートナーへと進化する。本記事では、この「宝の地図」を読み解き、病院経営層に「この営業は、我々のことをよく分かっている」と思わせる、ワンランク上のアプローチ手法を詳細に解説します。
1. DPCデータとは、病院の「公的な通信簿」である
DPC(Diagnosis Procedure Combination)とは、日本の急性期医療における標準的な医療費の計算ルールのことです。少し難しく聞こえますが、営業担当者が理解すべきポイントはシンプルです。これは、入院患者一人ひとりに対する「詳細なレセプト(診療報酬明細書)」のようなものだと考えてください。
「DPCデータを見れば、その病院が、どのような疾患の患者を、どれくらい治療し、平均何日間入院しているかが、全国の病院と比較可能な形で分かる」
厚生労働省は、DPC制度に参加する全国の約1,700の急性期病院から集めたこの膨大なデータを、匿名加工した上で「DPC導入の影響評価に係る調査」として毎年公開しています。これは、誰でも閲覧可能な、いわば病院の「公的な通信簿」なのです。このデータを活用することで、我々は病院を訪問する前に、その経営状況や課題について、精度の高い仮説を立てることが可能になります。(ただし、生データのままでは非常に扱いにくいため、多くの場合は専門の分析ツールやコンサルティングサービスを利用することになります。)
2. DPCデータから「病院の戦略」を読み解く3つの視点
膨大なDPCデータの中から、どこに注目すれば良いのでしょうか。ここでは、営業戦略に直結する3つの分析の視点と、それをどう解釈するかの実例をご紹介します。
視点1:疾患・術式別の「症例数」= 病院の注力分野
症例数は、その病院がどの領域に力を入れているかを最も分かりやすく示しています。
- 分析のポイント:
- ターゲットとする疾患や術式の症例数は、全国平均や近隣の競合病院と比較して多いか、少ないか?
- 昨年と比較して、症例数は増加傾向にあるか、減少傾向にあるか?
- 読み取れること:
- 症例数が多い/増加傾向: その領域は病院の「花形」であり、ブランドを支える重要な収益源です。「強みをさらに伸ばす」ための先進的な医療機器や、治療成績をさらに高めるための医薬品などの提案が響きやすくなります。
- 症例数が少ない/減少傾向: その領域は病院にとっての「課題」かもしれません。「弱みを克服する」ための効率化ツールや、集患に繋がるようなソリューションが求められている可能性があります。
【ケーススタディ1:強みを伸ばす提案】 DPCデータを分析したところ、A病院の人工膝関節置換術の症例数が、前年比20%増と急拡大していることが判明。我々は、A病院がこの領域を戦略的に強化していると仮説を立て、「より高機能で、長期耐用年数を誇る高価格帯の人工関節」を提案。「地域No.1の関節治療センターとしてのブランドを確立しませんか」というメッセージと共にアプローチし、高単価製品の導入トライアルに成功した。
視点2:疾患・術式別の「平均在院日数」= 業務の効率性
平均在院日数は、病院のオペレーションの効率性を示す重要な指標です。包括払いであるDPC制度下では、在院日数の短縮は、そのまま病院の利益率向上に直結します。
- 分析のポイント:
- 同じ疾患・術式でも、全国平均や競合病院と比較して平均在院日数は長いか、短いか?
- 読み取れること:
- 在院日数が長い: 術後合併症の発生率が高い、リハビリが計画通りに進んでいない、あるいは院内の業務フローに何らかのボトルネックが存在する、といった課題を抱えている可能性があります。これは、業務効率化や医療安全に貢献する製品・サービスにとって、絶好の提案機会となります。
【ケーススタディ2:弱みを克服する提案】 B病院の心不全患者の平均在院日数が、地域平均より4日も長いことを発見。術後の体重管理や服薬指導がうまくいっていないのでは、と仮説を立てた。そこで、患者の体重や血圧を自動で記録し、服薬時間をアラートする「退院後フォローアップシステム」を提案。「在院日数を2日短縮できれば、年間〇床の空きベッドを確保でき、〇〇円の収益改善に繋がります」というシミュレーションを提示し、経営企画部門を巻き込んだ導入検討プロジェクトが発足した。
視点3:患者の「流入・流出エリア」= 地域でのポジション
患者がどの地域から来ているかを見ることで、その病院の地域における立ち位置が分かります。
- 分析のポイント:
- 患者は自院が位置する「自市区町村」から来ているか、あるいは「市外」「県外」からも多く集めているか?
- 競合のC病院があるエリアから、多くの患者が自院に来ている(またはその逆)か?
- 読み取れること:
- 広域から集患: その領域において、地域No.1のブランドを確立している証拠です。そのブランドをさらに強化する提案が有効です。
- 患者が流出: 競合病院に患者を奪われている状況です。「患者を地域内に取り戻す」ための新たな治療法の導入や、紹介元のクリニックとの連携を強化するソリューションにニーズがあると考えられます。
3. 分析から「刺さる提案」を生み出す実践プロセス
データを分析しただけでは意味がありません。分析結果を、どう具体的な営業アクションに繋げるかが重要です。
Step 1: データに基づく「複合的な仮説」を構築する
DPCデータ分析から得られた気づきを、病院のウェブサイトに掲載されている「病院機能評価係数」や、公開されている中期経営計画などの情報と掛け合わせることで、仮説はより強固になります。
【仮説の例】 「A病院は、DPCデータ上、大腿骨頸部骨折の症例数が地域トップ。さらに病院機能評価係数を見ると『保険診療指数』が低い。これは、在院日数が長いために収益性が悪化していることを示唆している。恐らく、術後のリハビリ開始が遅れている、あるいは感染症対策に課題があるのではないか?」
Step 2: 課題を解決する「提案ストーリー」を作成する
仮説に基づき、自社製品がどう課題解決に貢献できるかを、具体的なストーリーとして組み立てます。
【提案ストーリーの例】 「弊社の離床センサー付きベッドを導入いただくことで、患者様の状態を24時間モニタリングし、最適なタイミングで安全なリハビリ開始を促すことが可能です。実際にB病院様では、導入後に大腿骨頸部骨折患者の平均在院日数が4日短縮し、看護師の負担も軽減したというデータがございます。これにより、A病院様の保険診療指数は〇ポイント改善し、年間〇〇円の収益改善に相当します」
Step 3: 「ファクト」を武器に「最適な相手」にアプローチする
仮説と提案ストーリーを携え、その内容に最も関心を持つであろうキーパーソンにアプローチします。
- アプローチ先: 臨床的な課題であれば診療科の教授や部長。病院全体の経営課題であれば、病院長や事務長、経営企画部門がターゲットになります。
【アプローチトークの例(経営企画部門向け)】 「DPCデータを拝見し、貴院の強みである大腿骨頸部骨折治療における、さらなる収益性改善のご提案ができないかと考え、ご連絡いたしました。平均在院日数を短縮することで、保険診療指数の改善に貢献できるかもしれません。一度、5分だけお時間を頂戴できないでしょうか」
4.【新設】DPC分析の限界と注意点
DPCデータは強力な武器ですが、万能ではありません。その限界を知り、正しく使うことが重要です。
- データの鮮度: 公開されるデータは、約1〜2年前のものです。病院の状況は常に変化しているため、「〇〇というデータがありますが、現在の状況はいかがでしょうか?」と、現状を確認する姿勢が不可欠です。
- 「What」は分かるが「Why」は分からない: データは「在院日数が長い」という“事実”は示してくれますが、「なぜ長いのか」という“理由”までは教えてくれません。理由は現場のヒアリングでしか得られません。データはあくまで、質の高い質問をするための「仮説の種」です。
- 専門知識が必要: 生データの解釈は容易ではありません。誤った解釈は、見当違いな提案に繋がり、かえって信頼を失う原因になります。自信がない場合は、専門家の支援を仰ぐべきです。
まとめ
DPCデータは、現代の医療営業における最強の武器の一つです。このデータを活用することで、営業担当者は単なる「製品の売り子」から、病院の経営課題を理解し、データに基づいて解決策を提示できる「戦略的パートナー」へと進化することができます。もう、勘と経験だけに頼る営業はやめにしませんか。公開データを読み解き、顧客の未来を共に描く、新しい営業の形を始めましょう。
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