普段は温和な〇〇教授が、厳しい表情でこちらを見ている。各分野の権威である部長クラスの医師たちが、腕を組んで手元の資料に目を落とす。独特の緊張感が支配する会議室、それが「診療科部長会」です。この会議は、大学病院における製品導入の是非を決定づける、最も重要な関門の一つと言えるでしょう。
私自身、この場で何度も苦杯を嘗めてきました。渾身のプレゼンが終わった後の、長い沈黙。そして、一番影響力のある教授から放たれる「で、結局、私の研究に何のメリットがあるの?」という一言で、場の空気が一瞬で凍りつくあの感覚。完璧だと思った臨床データも、「この程度のN数で、有意差とは言えないだろう」「この患者背景では、我々の実態とは違う」といった重箱の隅をつつくような鋭い質問で、しどろもどろになる。この会議を突破できなければ、数ヶ月にわたる営業担当者の努力が、すべて水の泡と化すのです。
しかし、数えきれない失敗を重ねる中で、診療科部長会で「響く」プレゼンテーションには、明確な「型」があることに気づきました。それは、製品の自慢話ではなく、教授たちの課題に寄り添い、彼らの輝かしい未来を共に描くストーリーテリングの技術です。本記事では、この最重要会議を突破するためのプレゼンテーションの構成要素と、質疑応答の鉄則について、私の経験のすべてを注ぎ込んで詳細に解説します。
プレゼン前に勝負は9割決まっている
多くの営業担当者は、プレゼン資料の「見栄え」や「話し方」の練習に時間を費やします。もちろんそれも重要ですが、本質ではありません。診療科部長会を成功させるための最も重要な活動は、会議室に入る前に終わっています。
1. 「誰が」「何を」見ているのか?:徹底的な出席者リサーチ
診療科部長会は、多様な専門性と利害関心を持つ人々の集まりです。単に「医師」と一括りにせず、一人ひとりのプロファイルを深く理解することが、すべての始まりです。
- 出席者のリストアップと専門分野の確認: 今回の導入テーマに対し、純粋に臨床的な興味を持つ人、研究テーマとの関連で見る人、コストや効率性を重視する人など、それぞれのスタンスを予測します。
- 研究テーマと最近の論文の読み込み: PubMedやCiNiiなどで出席者の直近1〜2年の論文に目を通します。プレゼン中に「〇〇先生が先日発表された△△の論文にもありましたが…」と触れることで、「自分のことを深く理解してくれている」という強力なメッセージとなり、聞く耳を持ってもらえます。
- 院内での力関係の把握: 誰が真のインフルエンサーか?誰の発言が場の空気を決めるのか?教授同士の人間関係(師弟関係、ライバル関係など)も把握しておくと、議論の展開を予測しやすくなります。
- 病院全体の方針の確認: 病院の中期経営計画や、院長が年頭挨拶などで何を語っているかを確認します。病院が「低侵襲手術の推進」や「在院日数の短縮」を掲げているなら、提案をその方針と結びつけることができます。
2.【詳細解説】会議の前に会議を終わらせる「根回し」
日本的な商習慣と揶揄されることもありますが、重要な会議において「根回し」は極めて有効な戦術です。プレゼン本番は、あくまで「最終確認の場」と位置づけ、本質的な議論や反対意見の解消は、事前に1対1で済ませておくのが理想です。
- キーパーソンへの個別ブリーフィング: 最も影響力のある教授や、反対意見を表明しそうな教授に対し、事前に「来週の部長会でご説明させていただく件ですが、5分だけ先生のご意見を先に伺えませんでしょうか」と個別にアポイントを取ります。
「根回し」トークスクリプト例 「先生、来週の件ですが、先生のようなご高名な方にご意見をいただく前に、まず私の考えが的外れでないか、ご確認いただきたく参りました。特に、先生がご懸念されるであろう〇〇の点について、現状このようにお答えしようと考えているのですが、いかがでしょうか?」
- 反対意見の吸収と対策: 1対1の場であれば、相手も本音を話しやすくなります。ここで出てきた懸念点(例:「若手のトレーニングが大変そうだ」)に対し、事前に対策(例:「導入後1ヶ月間、弊社からトレーニング担当者を派遣します」)を準備し、プレゼン本番で先回りして提示することで、議論を有利に進められます。
3. ゴール設定:「この15分で、何を獲得するか?」
プレゼンの持ち時間は15分程度。その短い時間で「導入決定」まで漕ぎ着けるのは稀です。今回のプレゼンにおける、現実的かつ最も重要な「着地点=ゴール」を明確に設定しましょう。
- 悪いゴール例: 「製品を導入してもらう」「良さを理解してもらう」
- 良いゴール設定(Best/Better/Good):
- Best Goal: 「有償での臨床評価(パイロットスタディ)の実施許可を得る」
- Better Goal: 「無償での臨床評価、または導入検討ワーキンググループの設置を承認してもらう」
- Good Goal: 「反対派のキーパーソンとその懸念点を特定し、次回の個別面談のアポイントを取り付ける」
教授の心を動かす「5段階ストーリー構成」
製品の機能説明から入るプレゼンは、100%失敗します。多忙な教授陣の関心を惹きつけ、引き込むためには、彼らを主役にした物語を語る必要があります。
第1段階:課題提起(Why?) -「自分たちの問題だ」と認識させる
彼らが日常的に感じているであろう「課題」を、客観的なデータを用いて明確に言語化し、「他人事」から「自分事」へと引き込みます。
- プロのコツ: 彼らが公表しているデータや、院内の協力者から得た「〇〇先生自身が課題だと語っていた」という一次情報を使うと、誰も反論できなくなります。
- OK(臨床的課題): 「先生方が日々ご苦労されている〇〇の手術において、術後の合併症発生率が依然として△%で高止まりしているという全国データがございます。これは、若手医師への技術継承の難しさという、構造的な課題の表れではないでしょうか」
第2段階:理想の提示(What If?) – ワクワクする未来を見せる
その課題が解決された「理想の未来」を、具体的に、魅力的に描き出します。
- プロのコツ: その未来像を、「個別化医療」や「Value-Based Healthcare」といった、現代医療の大きなトレンドと結びつけて語ることで、提案のスケールが大きくなり、先進性をアピールできます。
- OK: 「もし、術中の△△がリアルタイムで3D可視化でき、若手医師でもベテランと同じレベルの判断が可能になるとしたら。手術時間は半減し、より多くの患者様を受け入れられるだけでなく、その革新的な術式は、先生の新たな論文テーマとなり、〇〇学会で大きな注目を集めることになるかもしれません」
第3段階:解決策の提示(How?) – 物語のヒーローを登場させる
理想の未来を実現するための「架け橋」として、ここで初めて自社の製品やサービスを登場させます。
- プロのコツ: 製品名ではなく、「〇〇(課題)解決プログラム」のように、得られるベネフィットをソリューション名として提示する。「本日は、先生方の『手術時間短縮プログラム』をご提案します。それを実現するエンジンが、我々の〇〇(製品名)です」という流れが理想です。
- OK: 「その未来を実現するため、本日先生方にご紹介したいのが、私どもの〇〇(製品名)です。本製品は、独自の△△技術により、これまで誰も見ることができなかったものを可視化し、先生方の“神の手”をさらに進化させるためのツールです」
第4段階:証拠の提示(Proof) – 反論の余地をなくす
その解決策が「絵に描いた餅」ではないことを、客観的なデータや実績で証明します。
- プロのコツ: 他院の事例を紹介する際は、必ずその病院の担当医師に「〇〇大学の先生から問い合わせがあるかもしれません」と事前に話を通しておきます。「いつでも電話してくれて構わないよ」という言質が取れていれば、最強の証拠となります。
- 証拠の階層:
- レベル1(最高): ランダム化比較試験(RCT)の論文
- レベル2(強力): 国内の権威ある大学病院での臨床データ
- レベル3(有効): 学会での発表実績や症例報告
- データ提示のコツ: 複雑な表をそのまま見せるのではなく、伝えたいメッセージが一目で分かるように、グラフ化・図式化することを徹底します。「このグラフが示すように、導入後、合併症率は明らかに低下しています」と、解釈もセットで提示しましょう。
第5段階:具体的な提案(Action) – 次の扉を開ける
最後に、プレゼンのゴールとして設定した「次のアクション」を、相手が「YES/NO」で答えられる、具体的かつ実行可能な形で提案します。
- プロのコツ: 相手が「YES」と言いやすいように、契約書案や、臨床評価の計画書ドラフトを「たたき台」として持参します。「もしご承認いただけるようでしたら、このような計画で進めさせていただければと…」と具体的に示すことで、相手は意思決定しやすくなります。
- OK: 「この技術の有効性を、ぜひ先生方の目で直接お確かめいただきたく、まずは〇〇先生のご協力のもと、来月から3ヶ月間、5症例の臨床評価を実施させていただけないでしょうか。そのための具体的な計画案と、費用は弊社で負担させていただく旨を記した覚書案がこちらです」
【詳細解説】質疑応答:それは「反対」ではなく「対話」のチャンスである
鋭い質問や、懐疑的な意見が出たときこそ、最大のチャンスです。無関心で何も質問が出ない状況が、最も敗色濃厚です。
4タイプの質問と対処法
- 1. 純粋な疑問: 「この製品の耐用年数は?」といった事実確認の質問。→ 簡潔かつ明確に回答する。
- 2. 挑戦的な質問: 「コストが高すぎる」「他社製品と何が違うのか」。→ 後述の「リフレーム話法」で対応する。
- 3. 脱線させる質問: 「ところで、全然関係ないんだけど…」と、本筋と違う話に持っていこうとする質問。→ 敬意を払いつつ、本筋に戻す。「先生、大変興味深い論点ですが、まずは本日の議題である〇〇について、皆様のご意見を伺ってもよろしいでしょうか。その件は、ぜひ会議の後にでも個別にお聞かせください」
- 4. 協力的な質問: 味方になってくれている医師からの、こちらの意図を補強するような質問。「つまり、これは若手の教育にも使えるという理解で良いんだね?」。→ 感謝を述べ、意図を再強調する最大のチャンス。「〇〇先生、ありがとうございます。先生のおっしゃる通りです。これは…」
反対意見への「リフレーム」話法
相手の意見を一度受け止め、ポジティブな論点に転換する技術です。
- 質問1: 「確かに面白そうだが、コストが高すぎるのではないか?」
- OK応答: 「〇〇先生、ありがとうございます。コストについてご質問が出たということは、それだけ本製品の価値に興味をお持ちいただけた証拠だと嬉しく思います。 確かに初期導入費用は安くありません。しかし、本製品導入による手術時間の短縮と在院日数の減少は、年間〇〇万円のコスト削減効果が見込まれ、約△年で投資回収が可能です。その詳細な試算がこちらです」
- 質問2: 「以前、他社の類似品を使ったが、全く使えなかった。これも同じではないのか?」
- OK応答: 「〇〇先生、貴重なご経験を教えていただき、ありがとうございます。先生が過去にご苦労されたからこそ、今回の我々の提案にも慎重になられるのは当然のことと存じます。 おそらく先生が懸念されているのは、△△という点ではないでしょうか。実は、我々の製品はその失敗事例を徹底的に研究し、□□という全く新しいアプローチでその問題をクリアしております。ぜひ、その違いをデモでご確認いただけませんか?」
- 質問3:「IT部門との連携が大変そうだ」
- OK応答:「その点、ごもっともな懸念です。実際に、IT部門様とのスムーズな連携が、導入成功の鍵となります。 そこで私どもでは、貴院のIT部門様向けに、技術仕様やセキュリティに関する詳細なドキュメントと、導入支援専任のエンジニアを準備しております。先生方にご承認いただけましたら、次は私どもで責任を持ってIT部門様にご説明に伺います」
プレゼンターから質問する
質疑応答は、一方的に質問に答える場ではありません。対話を通じて、相手の真意を深く理解するチャンスです。
- 例:「先生、そのご質問の背景には、〇〇といったご懸念がある、という理解でよろしいでしょうか?」
- 例:「ちなみに、コスト以外で、先生が導入にあたり懸念される点はございますか?」
##【新設】プレゼン後のフォローアップ プレゼンが終わった瞬間から、次の勝負は始まっています。迅速で的確なフォローアップが、あなたの評価を決定づけます。
- 24時間以内の御礼メール: 会議で議長を務めた教授や、キーパーソンには必ず個別にメールを送ります。
フォローアップメール文例 件名:【株式会社〇〇】本日の診療科部長会での御礼 〇〇大学病院 〇〇科 〇〇教授 本日は、診療科部長会という貴重な機会にて、弊社の「〇〇」についてご説明の機会をいただき、誠にありがとうございました。 本日の会議にて、「△△の課題に対し、臨床評価を開始する方向で検討する」という、前向きなご判断をいただけましたこと、重ねて御礼申し上げます。 つきましては、本日ご質問のありました□□に関する追加資料を添付いたしました。 次のアクションとしまして、先生にご承認いただきました通り、来週、臨床評価の具体的な計画案について、〇〇先生と協議させていただきたく存じます。
- 「No」へのフォローアップ: たとえ提案が否決されても、それで終わりではありません。「この度は、貴重なご意見をいただき、ありがとうございました。もし差し支えなければ、今後の改善のため、今回ご採用に至らなかった最大の理由を一点だけでもお教えいただけますと幸いです」と、謙虚にフィードバックを求めることで、次回のチャンスに繋がります。
まとめ
診療科部長会は、自社製品の価値を、医療界の権威たちに直接問うことができるまたとない機会です。製品のスペックを説明するだけの「説明会」にしてはいけません。彼らの課題解決のパートナーとして、未来の医療を共に創造する仲間として認めてもらうための「共創の舞台」と捉えるべきです。徹底した事前準備と、相手を主役にしたストーリー、そして誠実な対話。この3つが揃ったとき、これまで決して開かれなかった重い扉が、きっとあなたの目の前で開かれるはずです。
診療科部長会でのプレゼン準備や、キーパーソンへのアプローチ戦略に少しでも不安があれば、我々にご相談ください。数々の最重要会議を成功に導いてきたコンサルタントが、貴社に最適なプレゼン戦略を共に構築します。 プレゼンテーション支援サービスの詳細はこちら
大きな成長市場です。
ただし、独力での突破には
限界があります。
ご相談ください
私たちは、医療・ヘルスケア業界で
よい商品・サービスを
必要とする現場に
確実に届けるためのパートナーです。