事業開発部長として大学病院の攻略をミッションに掲げたものの、そのあまりに特殊な構造に頭を抱えている方は少なくないでしょう。一般企業へのBtoB営業とは全く異なる意思決定プロセス、複雑に絡み合う人間関係、そして何より「研究」「臨床」「教育」「経営」という複数の論理がせめぎ合う独特の環境。私もかつては、担当者が足繁く通い、現場の医師からの評価も上々だった案件が、最終段階で理由もよく分からないまま停滞し、役員会で「あの件、どうなった?」と詰められる、そんな苦しい日々を何度も経験しました。「熱意や製品力だけでは、この巨大な壁は決して越えられない」— それが偽らざる実感でした。
しかし、大学病院は攻略不可能な要塞ではありません。それは、正面から力任せに壁を叩くのではなく、壁の構造を理解し、どこに「扉」があり、誰がその「鍵」を握っているのかを見つけ出す、インテリジェンスなアプローチを必要とするパズルです。この鉄則を理解して以来、私たちのチームの大学病院に対する営業成績は劇的に改善しました。
本記事では、過去の多くの失敗事例と成功体験から導き出した、「大学病院への営業で失敗しないための鉄則」を、明日から使える具体的なアクションプランと共に、詳細に解説します。これは、単なる小手先のテクニックではなく、大学病院という特殊な組織と長期的な関係を築くための、本質的な戦略マニュアルです。
鉄則0:院内に「協力者(コーチ)」を作る
本題に入る前に、すべての鉄則の基礎となる、最も重要な原則についてお伝えします。それは、決して独力で戦おうとしないこと、つまり、院内にあなたの「協力者」となってくれる人物を見つけることです。
大学病院の複雑な政治力学や、人間関係、非公式なルールは、外部の人間が到底理解できるものではありません。「次の会議の重要人物は誰か」「〇〇教授が本当に気にしていることは、論文か、手術件数か、それとも…」「今、この提案を通すための最大の障壁は何か」。こうしたインサイダー情報は、内部の協力者なしには手に入りません。
「協力者」の見つけ方と注意点
- 誰が協力者になりうるか?
- あなたの製品や技術に純粋に共感してくれる若手・中堅の医師
- 診療科の垣根を越えて顔が利く、ベテランの看護師長や臨床工学技士
- 病院の経営改善に意欲的な、事務部門の課長クラス
- グリーンフラグ(良い兆候):
- 「なぜこの機能が必要なのですか?」と、背景や意図を探る質問をしてくる。
- 診療科や病院全体の課題について、あなたに話してくれる。
- 他のキーパーソンの名前や役割について教えてくれる。
- レッドフラグ(危険な兆候):
- 製品や会社の不満ばかりを言うが、改善策には興味を示さない。
- 個人的な利益(過度な接待や金品など)を要求してくる。
- 安易に「何でも協力しますよ」と言うが、具体的な行動が伴わない。
協力者との効果的な連携方法
- GIVEに徹する: 彼らが求めている論文や海外の学会情報、あるいは競合他社の動向などを、見返りを求めず提供し続けます。
- 彼らをヒーローにする: 彼らが院内で評価されるような情報を提供します。「〇〇先生、先生の部門の課題解決に繋がりそうな、他院の事例がございましたので、ご共有します。先生から皆様にご紹介いただく形はいかがでしょうか」。
- 提案の「壁打ち」相手になってもらう: 重要なプレゼンの前に、「先生の視点から見て、この提案内容で懸念点はございますか?」と意見を求めます。これにより、提案の精度が格段に向上します。
鉄則1:組織図ではなく「生身の意思決定プロセス」を攻略する
大学病院の攻略で最も重要なのは、役職や肩書きが並んだ組織図(フォーマルな組織)を眺めることではありません。その裏で実際に動いている「誰が、どの段階で、何を基準に判断するのか」という、生身の意思決定プロセス(インフォーマルな組織)を理解することです。
ケーススタディで考える:AI画像診断支援ソフトウェアの導入 あなたは、放射線科の読影レポート作成を効率化するAIソフトウェアを、A大学病院に提案するとします。
「意思決定者マップ」を作成し、全方位にアプローチする
この提案には、最低でも以下の4タイプのキーパーソンが関わります。それぞれの関心事と、典型的な懸念を理解し、アプローチ戦略を立てる必要があります。
- 使用者(Champion): 放射線科の若手・中堅の読影医
- 関心事: レポート作成時間の短縮、見落としリスクの低減、新しい技術への興味。
- 典型的な懸念: 「本当に精度は高いのか?AIに仕事を奪われないか?」「操作が複雑で、逆に仕事が増えるのではないか?」
- 攻略法: まず彼らにデモを体験してもらい、「味方」になってもらうことが最優先。彼らが懸念する「AIとの協業」のメリットを伝え、彼らが上司を説得するための「武器」(時間短縮効果の試算データなど)を提供する。
- 推進者(Influencer): 放射線科の教授、診療科部長
- 関心事: 研究テーマとの整合性、論文発表の実績、診療科としての先進性、若手医師の教育。
- 典型的な懸念: 「このAIのアルゴリズムで、新しい学術的知見は得られるのか?」「導入が、若手の読影能力の低下に繋がらないか?」
- 攻略法: 単なる業務効率化ツールとしてではなく、「新たな研究テーマの創出(例:AIが検出した異常パターンの分析)」「若手医師のダブルチェック・学習ツール」といった学術的・教育的価値を訴求する。
- 購買担当者(Buyer): 事務部門(経営企画課、用度課、情報システム課)
- 関心事: 導入コストと維持費(TCO)、費用対効果(ROI)、既存の電子カルテやPACSとの連携、セキュリティ。
- 典型的な懸念: 「年間ライセンス料はいくらか?」「サーバーの維持管理は誰が行うのか?」「院内のセキュリティポリシーに準拠しているのか?」
- 攻略法: 後述する「ビジネスケース」を作成し、財務的なメリットを定量的に示す。情報システム部門に対しては、技術仕様やセキュリティに関する詳細なドキュメントを事前に提出し、懸念を解消しておく。
- 最終決裁者(Decision Maker): 病院長、理事長
- 関心事: 病院経営全体への貢献(増収、コスト削減)、地域における病院の評判・ブランド向上(「AIホスピタル」など)、他院との差別化。
- 典型的な懸念: 「この投資は、病院の収益にどう貢献するのか?」「地域の他の基幹病院は、同様の技術を導入しているのか?」
- 攻略法: 製品導入が、病院の中期経営計画やビジョン(例:「データ駆動型の高度医療を提供する」)とどう合致するか、大局的な視点でプレゼンする。
鉄則2:アポイント目的を「提案」ではなく「情報交換」に置く
多忙な大学病院の医師に対し、「新製品のご提案に…」というアプローチは最も嫌われます。彼らは日々、数多くの営業担当者から同様の連絡を受けており、「また売り込みか」と警戒するだけです。アポイント獲得の目的は、最初のうちは「売り込むこと」ではなく、「有益な情報交換ができる、良質なパートナーとして認知してもらうこと」に置くべきです。
情報提供を起点としたセールスファネルの構築
顧客との関係性に応じて、提供する情報の内容を変化させていくアプローチが有効です。
- Top of Funnel(認知・関係構築段階):
- 目的: あなたの名前と会社を「有益な情報源」として認知してもらう。
- 提供する情報: 「先生のご専門である〇〇領域の、海外最新論文のサマリー」「先日の〇〇学会の主要トピックまとめ」など、直接自社製品に結びつかない、客観的で有益な情報。
- Middle of Funnel(課題認識・興味喚起段階):
- 目的: 顧客が自らの課題を認識し、あなたのソリューションに興味を持つように導く。
- 提供する情報: 「DPCデータから分析した、貴院の〇〇における課題の仮説」「先生の課題に近い、〇〇病院様の導入事例」「課題解決のためのROIシミュレーション」など、顧客の状況にパーソナライズされた情報。
- Bottom of Funnel(比較検討・導入決定段階):
- 目的: 導入への最終的な意思決定を後押しする。
- 提供する情報: 「詳細な見積もり」「セキュリティに関するドキュメンテーション」「臨床評価(トライアル)の具体的な計画書」など、導入を具体的に検討するための情報。
鉄則3:「製品の機能」ではなく、相手を主役にした「導入後の未来」を語る
機能やスペックの優位性をどれだけ並べ立てても、キーパーソンの心には響きません。彼らが見たいのは、「その製品を導入することで、自分の研究、診療科、そして病院の未来がどう変わるのか」という、具体的でワクワクするビジョンです。
ストーリーで語る提案のコツ
優れた提案は、機能の羅列ではなく、課題解決の物語になっています。
- 現状の課題(As-Is): ヒアリングや公開データから見えてきた、現在の課題を明確に言語化します。
- 課題の深掘り(Problem): その課題がもたらす「痛み」を共有します。「このままでは、若手医師の離職に繋がりかねません」「患者様の待ち時間が長くなる一方です」
- 解決策のあるべき姿(To-Be): 課題が解決された理想の未来を、相手の立場に合わせて描き分けます。
- 実現の証明(Proof): なぜそれが実現できるのか、客観的なエビデンスを提示します。究極の証明は、導入検討者を、実際に製品が稼働している他院へお連れする「サイトビジット」です。
【特別編】臨床評価・共同研究の進め方
大学病院への導入において、臨床評価や共同研究は極めて重要なステップです。
- 目的とゴール設定: 「有効性の検証」「安全性の確認」「効率性の証明」など、何をゴールとするかを明確に医師と握ります。
- 計画書の作成: 目的、対象患者、評価項目、期間、担当者などを明記した計画書を、医師と共同で作成します。
- 倫理委員会(IRB)への申請: 大学病院で研究を行う場合、倫理委員会の承認が必須です。申請プロセスの煩雑さを理解し、書類作成などを積極的にサポートする姿勢が喜ばれます。
- 契約の締結: 費用負担、データや知財の帰属、論文発表の権利など、曖昧な点を残さないよう、正式な契約を締結します。
- 実行と進捗管理: 定期的なミーティングで進捗を確認し、課題があれば迅速に対応します。
- データ解析と論文化: 最終的に、得られたデータを論文化し、学会発表まで繋げることができれば、その医師との関係は盤石なものになります。
##【新設】財務的価値の証明:ビジネスケース作成術 最終的に、病院も「経営」です。特に事務部門や経営層を説得するためには、臨床的価値だけでなく、「この投資が、財務的にどう報われるのか」を明確に示す「ビジネスケース」の作成が不可欠です。
- TCO(総所有コスト)の提示: 本体価格だけでなく、保守費用、消耗品、トレーニング費用など、導入後5年間でかかる全てのコストを透明に開示します。
- ROI(投資対効果)の算出:
- 定量的(金銭的)効果: 「〇〇による時間短縮 → 人件費削減効果:年間〇〇円」「△△による在院日数短縮 → 病床稼働率向上による増収効果:年間△△円」
- 定性的(非金銭的)効果: 「医療安全の向上による訴訟リスクの低減」「『AIホスピタル』としてのブランド価値向上」「スタッフの満足度向上による離職率低下」
- これらをまとめたROI計算書を提出し、「この投資は、〇年で回収可能です」と明確に伝えましょう。
まとめ
大学病院営業は、決して簡単ではありません。しかし、それは競合他社にとっても同じです。多くの営業が、旧態依然とした「熱意と根性」のアプローチで砕け散っていく中で、今回ご紹介した4つの鉄則を実践すれば、あなたのチームは頭一つ抜け出すことができるはずです。
- 鉄則0:院内に「協力者」を作る
- 鉄則1:生身の意思決定プロセスを攻略する
- 鉄則2:「情報交換」を目的とした関係を構築する
- 鉄則3:相手を主役にした「未来の物語」を語る
これらは、単なるテクニックではなく、顧客の成功を第一に考える「パートナー」となるためのマインドセットです。ぜひ、明日からの営業活動に取り入れてみてください。
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