事業部長である私の重要な役割の一つに、営業担当者への「同行」があります。しかし、ただ商談に同席するだけでは、その価値は半減してしまいます。営業同行は、目の前の案件を前に進める「戦術的活動」であると同時に、担当者を育成し、チームの底力を上げる「戦略的投資」でもあります。同行する上司の振る舞い一つ、発言一つが、担当者の自信を育て、顧客との関係を深めもすれば、その逆もあり得ます。
この資料では、私が日々のマネジメントで実践している、営業同行を「成果」と「成長」の両面で最大化するための振る舞いと会話術を、「準備」「実践」「振り返り」、そして「上級編」の4つのフェーズに分けて具体的に解説します。同行を単なる視察で終わらせず、組織の血肉とするための教科書としてご活用ください。
【準備編】 同行の成否は、商談前に8割決まる
やみくもに同行しても効果は薄い。目的を明確にし、担当者と徹底的にすり合わせることが、成功への最短距離です。
1. 同行目的の明確化と「4タイプ」の選択
なぜ、今回は私が同行するのか?その目的を事前に担当者と共有し、今回の同行がどのタイプに当てはまるのかを定義します。
- □ 目的の選択: 今回の主目的は何か?(クロージング支援/技術的な補足/人間関係の構築/担当者の育成・評価など)
- □ ゴール設定: 同行によって、商談がどの状態になることを目指すのかを具体的に設定する。(例:「〇〇教授からデモ実施の言質を取る」「担当者一人では聞けない予算規模感をヒアリングする」)
- □ 同行タイプの選択と共有:
- ① 育成型同行: 主目的は担当者の成長。基本的に上司は観察者に徹し、商談後のフィードバックに重点を置く。若手担当者の初期の商談で多用。
- ② クロージング型同行: 受注前の最終局面など、重要な意思決定を促すための同行。上司が「会社の顔」として登場し、価格交渉や導入条件の最終調整などでリーダーシップを発揮する。
- ③ 関係構築型同行: 決裁者である理事長や事務部長など、ハイレベルな相手との関係を築くための同行。上司が相手のカウンターパートとして対等な立場で会話し、中長期的な関係構築を目指す。
- ④ 技術支援型同行: 専門的な技術仕様や、複雑な運用に関する議論が予想される場合の同行。上司はファシリテーターとなり、同行する技術担当者と顧客との間のコミュニケーションを円滑にする。
2. 徹底した役割分担
商談の場で誰が何をするのか。曖昧なままでは、互いが遠慮し、ちぐはぐな対応になりがちです。
- □ 主担当の明確化: 「今日の主役は君だ」と伝え、あくまで担当者主体で商談を進めることを基本とする。
- □ 上司(自分)の役割定義: 選択した同行タイプに基づき、「私は今日は『育成型』に徹するから、基本的には口を挟まない。最後の質疑応答で、君からパスがあった時だけ補足する」など、具体的な役割を宣言しておく。
- □ パスの出し方のルール決め: 担当者が私に話を振りたい時、どういうサインを出すかを決めておく。(例:「〇〇の点について、部長の佐藤から補足させていただきます」)
3. 事前ブリーフィング(30分)
顧客情報をインプットし、商談のシミュレーションを行います。これが「リハーサル」となります。
- □ 顧客情報の共有: 過去の経緯、キーパーソンの性格(論理派か感情派か、など)、現在の検討状況、競合の動きなどを担当者から説明してもらう。
- □ 商談シナリオの確認: 担当者が考える当日のアジェンダ、提案の骨子、想定される質問などを確認し、壁打ち相手になる。
- □ 懸念点の洗い出し: 「この質問が来たらどうする?」「〇〇部長が反対したらどう切り返す?」など、プレッシャーをかける質問で思考を深めさせる。「もし、全く興味がなさそうだったら、どうやって切り上げる?」といった撤退基準も話しておく。
- □ ブリーフィングのアジェンダ例:
- (5分) 顧客情報と前回の宿題の確認
- (10分) 本日のゴールと役割分担の最終確認
- (15分) 担当者によるミニロープレと質疑応答
- □ ステークホルダーマップの共有: 医療機関特有の多層的な意思決定者(医局、看護部、医事課、情報システム、事務長)を整理し、誰にどう響かせるかを共有する。
- □ エビデンスの準備: 医療機関は根拠を重視するため、最新の論文、他院事例、ガイドラインとの整合を資料内に仕込む。質問が来た際に即応できるよう、該当ページの目印を付けておく。
- □ 同行前日チェック: 資料のバージョン確認、デモ環境の動作確認、紙の資料・名刺の枚数確認、訪問時間・入館手続きの再確認を行う。医療機関では入館手続きに時間がかかるため、余裕を持った移動計画を。
【実践編】 商談中は「名脇役」に徹する
主役はあくまで営業担当者。上司は舞台監督であり、時に流れを変えるキーパーソン。出しゃばらず、しかし要所は締める振る舞いが求められます。
4. 振る舞いの作法
非言語コミュニケーションが、場の空気を作ります。
- □ 座席の位置: 基本は担当者の隣。顧客と担当者が対面する形を作り、自分は少し斜めから全体を俯瞰する位置に座る。上座・下座を意識しつつも、担当者が孤立しないように配慮する。
- □ 視線の配り方: 担当者が話している時は、顧客と担当者の両方にバランス良く視線を配る。「君の話を、私も顧客と一緒に真剣に聞いているよ」というメッセージを送る。顧客が話している時は、真摯に相手の目を見る。
- □ 傾聴の姿勢: 深く頷きながら、熱心にメモを取る。この「聞いている感」が、顧客に安心感と敬意を与え、担当者の話しやすい雰囲気を作る。ただし、PCでのメモは内職に見えるリスクもあるため、手書きが望ましい場合も多い。
- □ 資料の受け渡し: 担当者が説明している資料を、顧客が見やすいように指し示したり、サポートしたりする。細やかな気配りがチームとしての一体感を演出する。
5. 顧客タイプ別・関与レベルの調整
相手のタイプに応じて、自分の立ち位置を微調整します。
- □ vs. 好意的・協力的顧客: 担当者にほぼ全てを任せる。上司はにこやかに頷き、関係性の強化に徹する。最後に「〇〇(担当者)は、貴院のお役に立ちたいという想いが人一倍強いので、ぜひ今後もビシビシ鍛えてやってください」などと、担当者を売り込む一言を添える。
- □ vs. 高圧的・懐疑的顧客: 担当者が精神的に圧倒されそうな場合は、少し前に出て盾になる。「〇〇様のおっしゃるご懸念は、ごもっともです。我々がその点について、どのように考えているか、責任者である私からご説明させていただきます」と、一旦ボールを受け取る。
- □ vs. 分析的・寡黙な顧客: 担当者の説明だけでは間が持たない場合、「今の説明を、実際の運用に当てはめてみると、〇〇の点が課題になりそうでしょうか?」など、具体的な質問を投げかけ、相手の思考を促し、会話のキャッチボールを生み出す。
6. 会話術の極意
上司の一言は重い。だからこそ、タイミングと内容を慎重に選びます。
- □ 口火を切らない: 最初の挨拶と自己紹介以外は、担当者のペースに任せる。
- □ 「助け舟」の出し方: 担当者が返答に詰まったら、すぐに割って入るのではなく、「〇〇というご質問は、△△という観点でのご懸念という理解でよろしいでしょうか?」のように、質問の意図を整理するクッションを入れる。これにより、担当者は冷静さを取り戻す時間を得られる。
- □ 「権威付け」の一言: 価格や重要な意思決定に関わる場面で、「会社の方針として」「部長の私が責任を持ちます」といった一言を加え、担当者の言葉に重みを与える。
- □ 「視点を変える」質問: 議論が停滞した時、「少し視点を変えますと」「仮に導入いただけたとして、3年後はどのような状態が理想でしょうか?」といった、未来や前提に目を向けさせる質問を投げかける。
- □ 「第三者話法」の活用: 「お察しします。実は、A病院様でも当初、同じご懸念をお持ちでした。しかし、実際に〇〇という形で…」と、第三者の事例を出すことで、客観性と信頼性を高める。
- □ 「まとめ」と「確認」: 商談の最後に、「本日は〇〇という課題に対し、3つのご提案をさせていただきました。次回のステップは△△という形で、〇月〇日までに弊社からご連絡、でよろしいでしょうか」と、議論を整理し、双方の認識を合わせる。
【応用】オンライン・ハイブリッド同行の注意点
医療機関ではオンラインと対面が混在するケースが多い。映像越しでも信頼を落とさないための配慮が必要です。
- □ 事前の接続テスト: 病院のセキュリティで画面共有が制限されることがある。VPNや院内ネットワーク環境を想定したリハーサルを行う。
- □ 画面共有の順番: エグゼクティブサマリー→デモ→費用の順でテンポ良く。スライド番号を口頭で伝え、音声の遅延に合わせて間を取る。
- □ カメラの位置と目線: 発言者がカメラ目線で話し、身だしなみ・背景を整える。オンラインでも名刺代わりに自社ロゴが視界に入るよう工夫する。
- □ チャットでの補足: 担当者が説明している間、上司はチャットで参考リンクや数値を補足し、商談後の資料としても残す。
【マナー編】医療機関ならではの気遣い
- □ 時間厳守と感染対策: 診療の合間に時間をもらうため、5分前行動を徹底。手指消毒・マスク着用・病院指定の動線を守る。
- □ 専門職への敬意: 医師・看護師・コメディカルそれぞれの専門性を尊重し、専門用語を多用しすぎない。質問は「お時間を頂戴してもよろしいでしょうか?」から入る。
- □ 資料枚数の配慮: 立ち話や短時間ミーティングでは、1〜2枚のサマリー資料を用意し、長時間の説明を避ける。
- □ 同席者(技術・プロダクト担当)との連携: 技術的な質問に備え、同行するSEやプロダクト担当と「誰がどの質問に答えるか」を事前に決めておく。上司はファシリテーターに徹する。
【同行できない時の代替策】
- □ 事前の壁打ち・ロープレ: 同行できない場合は、担当者と30分のロープレを実施し、想定質問と回答を整理する。
- □ メッセージ動画の用意: 部長としてのメッセージを30〜60秒の動画に録画し、商談冒頭で再生してもらう。役職者が顔を出すだけで安心感が増す。
- □ チャット待機: 商談時間に合わせてオンラインで待機し、リアルタイムに回答を支援する。
【NG集】やりがちな失敗と回避策
- × 商談開始5分で主導権を奪い、担当者の顔を潰す → 回避策: 役割分担を明言し、担当者が話し切るまで口を挟まない。
- × 顧客の発言を遮る・否定する → 回避策: まず復唱・共感し、「その上で〜」と前置きしてから意見を述べる。
- × 社内事情や他案件の愚痴を口にする → 回避策: どんな場でもポジティブに。ネガティブ発言は即信頼を失う。
- × 会議を延長し、医療現場のスケジュールを崩す → 回避策: 残り時間を10分前にアナウンスし、優先事項から議論する。
【振り返り編】 同行の効果は、フィードバックで決まる
同行は、やりっぱなしでは意味がない。担当者の成長に繋げるための、的確なフィードバックが最も重要です。
7. 即時フィードバックの原則
記憶が鮮明なうちに、商談後すぐ(できれば1時間以内)にフィードバックの時間を作ります。場所はカフェでも、帰りの電車の中でも構いません。
- □ まず担当者に自己評価させる: 「今日の商談、自分では何点だった?」「どこが上手くいって、どこに課題があったと思う?」と問いかけ、本人の内省を促す。
- □ ポジティブファースト: 必ず良かった点から具体的に褒める。「〇〇教授のあの厳しい質問に、臆せず自分の言葉で返せていたのは素晴らしかった」「冒頭のアイスブレイクで、場の空気が和んだね」など。
- □ 改善点の指摘は具体的に: 「もっとこうすれば」という主観ではなく、「あの場面で、AではなくBという資料を使えば、もっと相手に響いたかもしれないね」というように、客観的かつ具体的に伝える。
8. 構造化されたフィードバック
感情論ではなく、フレームワークを用いて冷静にレビューします。
- □ KPT法の実践:
- Keep: 良かった点、今後も続けるべきこと。(例:結論から話す意識)
- Problem: 課題となった点、改善すべきこと。(例:専門用語を使いすぎて、相手が少し引いていた)
- Try: 次回、挑戦してみたいこと。(例:ヒアリングの際、5W1Hを意識した質問を3つ用意しておく)
- □ ネクストアクションの明確化: フィードバックを踏まえ、「次回の〇〇さんとの面談までに、今日の指摘点を修正したロープレを一度やろう」など、具体的な次の行動目標を設定する。
- □ フィードバックのNG例:
- × 人格否定: 「君はいつもそうだ」「なぜできないんだ」と、行動ではなく人格を責める。
- × 後出しじゃんけん: 「だから言ったじゃないか」と、事前に指示していなかったことを責める。
- × 抽象的なダメ出し: 「もっと頑張れ」「気合が足りない」と、具体的な改善行動に繋がらない精神論を語る。
【フォローアップ編】 同行後に顧客へどう動くか
商談後の一手で、受注確度は大きく変わります。同行者として、担当者と役割分担を明確にします。
- □ 議事録の共同作成: 同行者が聞き漏らしたニュアンスや温度感を補い合い、24時間以内に高品質な議事録を完成させる。
- □ ステークホルダー別の一言フォロー: 医師には臨床価値、事務長には費用対効果、情報システム部にはセキュリティ資料など、役職別に短い追加資料を添付して送付する。
- □ 次回アクションのリマインド: 商談中に合意した宿題を、担当者と同行者のどちらがいつまでに実施するかを明文化する。同行者が巻き取りやすいタスク(紹介依頼、補足資料送付など)はその場で引き取る。
- □ 温度感の共有: 「誰が賛成・懐疑的か」「競合の動き」「意思決定プロセス」の所感をSFAにメモし、チームで共有する。
【上級編】 同行を組織の力に変える応用術
同行で得た知見を、チーム全体の資産に変えていくための仕組みです。
9. 同行ナレッジのデータベース化
- □ フォーマットの統一: 商談ごとに、「顧客名」「同席者」「商談目的」「商談結果」「KPT」「特記事項(顧客のキーフレーズなど)」を記録するフォーマットを作成する。
- □ CRM/SFAへの蓄積: この記録を、単なる日報ではなく、後から検索・分析できる形でCRMやSFAに蓄積する。
- □ ナレッジの共有会: 月に一度、「今月のベストプラクティス同行事例」などを共有する会を設け、成功の型をチームにインストールする。
10. 上司自身の成長機会として
- □ 現場感覚のアップデート: 同行は、上司が顧客の生の声を聞き、市場の最新動向を肌で感じる絶好の機会。得られた情報は、製品開発やマーケティング戦略にフィードバックする。
- □ チームの課題発見: 複数の担当者に同行することで、「うちのチームは、全体的にクロージングが弱いな」「ヒアリングの質にばらつきがあるな」といった、チーム全体の課題を発見し、集合研修などの次の施策に繋げる。
- □ 同行ポリシーの策定: 「どの案件で誰が同行するか」「同行時の役割」「フォローのタイムライン」を文書化し、再現性の高いチーム運営を行う。
- □ スコアリングと振り返り: 同行ごとに「準備・実践・フォロー」の3軸で自己採点し、月次でスコアの推移を確認する。改善策を翌月の同行で試すことで、マネージャー自身のPDCAを回す。
- □ 同行観察シートの活用: 観察項目(導入の切り出し方、質問の質、相槌、資料の使い方、クロージングの明確さ)をチェックリスト化し、フィードバックの客観性を高める。
【ケーススタディ】成功・失敗から学ぶ
- ケース1(成功): 若手担当の初商談に育成型で同行。上司はほぼ発言せず、終盤に「先生が懸念されていた感染対策の運用は、A病院様ではこう対応されていました」と一言添え、デモ導入が決定。→ 成功要因:役割分担の徹底と、医療特有のエビデンス提示。
- ケース2(失敗): クロージング型のはずが、上司が冒頭から主導権を握り、担当者を置き去りに。顧客は「担当の方と進めたい」と温度感が低下。→ 改善点:目的と発言タイミングのすり合わせ不足。
- ケース3(挽回): 高圧的な事務長に対し、上司が盾となり価格交渉を着地させつつ、最後に担当者へ話を戻して次回宿題を設定。→ 学び:上司が矢面に立った後も、必ず担当者へボールを返す。
【ポケット版】同行チェックリスト(抜粋)
- □ 目的と同行タイプを前日までに言語化したか
- □ 役割分担とパスの出し方を合意したか
- □ エビデンス・事例の該当ページに付箋を貼ったか
- □ 商談開始時に主役が誰かを明示したか
- □ まとめと次回ステップを時間内に確認したか
- □ 24時間以内に議事録+一言フォローを送ったか
まとめ
戦略的な営業同行は、短期的な「成果」と長期的な「成長」を両立させる、マネジメントの要諦です。上司は「監督」であり「コーチ」であり、そして時には「名脇役」に徹する。この意識を持つことで、あなたの同行は、単なる時間の投資から、組織の未来を創るための戦略的活動へと昇華するはずです。
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