事業部長として数々の提案書をレビューしてきましたが、多くの営業担当者が「良い製品・サービスを、ただ説明するだけ」の資料を作ってしまいがちです。しかし、多忙な医師や冷静な事務長、そして最終決裁者である理事長クラスを動かすには、単なる製品紹介では不十分。彼らの課題に寄り添い、導入後の未来を具体的に想像させ、投資対効果を明確に示す「戦略的な提案書」が不可欠です。
この資料では、私がチームに徹底させている「医療機関の決裁を勝ち取るための提案書10大要素」を、具体的な書き方のヒントやNG例を交えて詳述します。このフレームワークに沿って提案書を構成することで、論理の飛躍や抜け漏れを防ぎ、誰が読んでも納得感の高い、説得力のある提案書を作成することができます。若手が作成した提案書のレビューにも、自身の提案活動の振り返りにもご活用ください。
1. エグゼクティブサマリー(1ページ目)
目的:多忙な決裁者が、最初の1ページで全てを理解できるようにする
【なぜ必要か?】 理事長や院長、事務長は1日に何十もの意思決定を行っています。提案書全体を読む時間はなく、最初の30秒で「続きを読む価値があるか」を判断します。この1ページで心を掴めなければ、その提案は存在しないのも同然です。各部門の担当者への「検討指示」を取り付けるための、最も重要なページと心得ましょう。
【書き方のヒント】
- 構成:「①貴院の課題」→「②我々の解決策」→「③期待される効果」→「④投資額と期間」→「⑤結論(お願い)」の5要素を、箇条書きで簡潔に記載します。
- 視覚化: 期待される効果(例:コスト削減額、時間削減率)は、太字や大きなフォント、あるいは簡易なグラフで視覚的に強調します。
- 定量情報: 具体的な数値を可能な限り盛り込みます。「コストを削減」ではなく「年間〇〇万円のコスト削減」と書きます。
【やってはいけないNG例】
- × 会社の歴史や理念から書き始める。
- × 専門用語やアルファベット3文字略語を多用する。
- ×「ご検討ください」で終わり、具体的なアクション(デモの機会、担当者紹介など)を依頼していない。
2. 課題認識の共有
目的:我々が「外部の業者」ではなく「貴院を深く理解したパートナー」であることを示す
【なぜ必要か?】 「我々のことを、ここまで理解してくれているのか」という驚きと信頼は、その後の提案内容への信頼度に直結します。事前のヒアリングで得た情報を整理して提示することで、提案が「貴院のためだけ」に作られたオーダーメイドのものであることを印象付けます。
【書き方のヒント】
- 現状プロセスの図解: 現在の業務フローやシステム構成を、シンプルな図や表で可視化します。「〇〇科の△△業務において、現在1日あたり平均□□分の時間を要している」など、具体的な業務と数値を入れます。
- 課題の構造化: 課題を「ヒト(人手不足、スキル不足)」「モノ(システムの老朽化、非効率なツール)」「カネ(高額な保守費用、機会損失)」「情報(連携不足、二重入力)」といったフレームワークで構造化すると、網羅性が増し、説得力が高まります。
- 関係者の声の引用: 「先日ヒアリングさせて頂いた際、看護部の〇〇様から『△△の作業が大きな負担になっている』とのお声も伺っております」など、実名を(許可を得て)出すと、リアリティが格段に上がります。
【やってはいけないNG例】
- × 一般論に終始する。「多くの病院では人手不足が課題となっており…」など、他人事のような書き方。
- × ヒアリングで聞いていない、こちらの憶測だけの課題を列挙する。
- × ネガティブな表現ばかりを使い、相手を不快にさせる。
3. 提案の全体像と提供価値
目的:課題に対して、我々がどのような解決策を提示するのかを明確にする
【なぜ必要か?】 ここで初めて、我々の「解決策」が登場します。しかし、製品の機能説明に陥るのではなく、あくまで「価値」を主語に語ることが重要です。顧客が買うのは製品ではなく、「課題が解決された素晴らしい未来」なのです。
【書き方のヒント】
- コンセプトの一言化: 我々の提案を一言で表すキャッチコピーを考えます。(例:「バラバラだった情報を一元化し、チーム医療を加速させるコミュニケーション基盤」)
- 価値の3分類: 提案の価値を以下の3つの視点で整理し、それぞれのステークホルダーに響くメッセージを伝えます。
- 臨床的価値(医師・看護師向け): 医療の質の向上、患者の安全性向上、新たな治療法の実現など。
- 経済的価値(事務長・経営層向け): コスト削減、診療報酬加算、補助金活用、患者数増加による収益向上など。
- 管理的価値(各部門長・情報システム部向け): 業務効率化、属人化の解消、リスク軽減、コンプライアンス強化など。
- スコープの明示化: 「今回の提案で実現すること(IN)」と「対象外となること(OUT)」を明確に表で示し、後のトラブルを防ぎます。
【やってはいけないNG例】
- × いきなり製品の機能一覧を並べる。
- × 価値が曖昧で、具体的に誰のどの業務がどう楽になるのかイメージできない。
- × 導入効果を過大に表現し、実現不可能な期待を抱かせる。
4. 定量的な費用対効果(ROI)と財務インパクト
目的:導入を「投資」として正当化し、理事会・経営会議を突破する
【なぜ必要か?】 医療機関は限られた予算の中で複数の投資案件を比較検討します。「年間何時間の業務削減=人件費換算で〇〇万円」「◯年で投資回収」といった財務インパクトが明示されていない提案は、優先順位を上げてもらえません。診療報酬改定や補助金活用の観点も添えると説得力が増します。
【書き方のヒント】
- ベースラインの提示: 「現在は◯◯に◯人×◯時間=年間〇〇時間の工数が発生」と現状コストを数字で定義する。
- シミュレーションの複数案: 標準プラン・拡張プラン・ミニマムプランの3パターンで回収期間を示し、意思決定の選択肢を用意する。
- 財務以外の副次効果: 医療安全の向上によるインシデント減少、看護師の離職防止など、金額換算が難しいが重要な効果も併記する。
【NG例】
- × 「コスト削減になります」と抽象的に述べるだけ。
- × シミュレーションの前提(稼働率、患者数など)を明示しない。
- × 補助金・加算の可能性に触れず、自己負担だけを強調する。
5. エビデンスと第三者評価
目的:医療機関が求める「科学的妥当性」「外部評価」を満たす
【なぜ必要か?】 医療現場では、経験則よりもエビデンスが重視されます。特に大学病院では倫理委員会や部長会での説明が不可欠であり、第三者評価や学術的裏付けのない提案は採用されにくいのが現実です。
【書き方のヒント】
- 臨床データ・実証結果: PoCやパイロット導入で得たKPI改善データ(例:平均滞在時間◯%短縮、ヒヤリハット◯件減少)をグラフで提示する。
- 学会・論文・ガイドライン: 関連する国内外のガイドライン準拠状況や、査読付き論文の掲載実績を列挙する。
- 第三者コメント: 他院の部長クラスの推薦コメントや、外部評価機関の認証を引用する。
【NG例】
- × 「多くの病院で使われています」と曖昧に書く。
- × 数値の出典を示さずにインパクトを誇張する。
6. 導入スケジュールと院内体制づくり
目的:導入ハードルを下げ、不安を払拭するロードマップを示す
【書き方のヒント】
- フェーズ分け: 「準備(1か月)」→「パイロット(1診療科)」→「全院展開」といった段階的スケジュールでリスクを抑える。
- 役割分担: 院内で協力を得るべきキーパーソン(情報システム部、看護部、医事課など)と、双方の役割を明記する。
- クリティカルパスの明示: 機器設置、ネットワーク工事、職員研修など、遅延が全体に影響するタスクを強調する。
【NG例】
- × 「3か月で導入完了」と総論のみを記載。
- × 院内調整や倫理審査の期間を見込まない。
7. リスクとコンプライアンスへの備え
目的:医療機関特有のリスクを先回りして潰し、安心してもらう
【書き方のヒント】
- リスク一覧と対策: 個人情報漏洩リスク、機器トラブル、ユーザー抵抗などを列挙し、具体的な予防策・対応策をセットで示す。
- ガイドライン準拠: 3省2ガイドライン、個人情報保護法、医療機器認証の状況など、遵守事項を明文化する。
- BCPの提示: 障害発生時の切り戻し手順、夜間・休日のサポート体制、SLA(サービスレベル)の目標値を記載する。
【NG例】
- × 「問題が起きたら都度対応します」と曖昧にする。
- × 過去の障害情報を隠す。
8. 投資額・調達オプション・補助金情報
目的:予算確保の障壁を下げ、導入決定を加速する
【書き方のヒント】
- 費用の内訳表: 初期費用/月額費用/オプション費用を分けて提示し、何にいくらかかるのかを透明化する。
- 調達方法の提案: リース・サブスク・購入の比較表を用意し、キャッシュフローへの影響を示す。
- 補助金・加算: ICT補助金や地域医療連携推進施策など、利用可能な補助金・診療報酬加算情報を添え、申請支援の可否も明記する。
【NG例】
- × 一式価格のみを提示し、内訳を隠す。
- × 支払い条件や更新条件を小さく記載する。
9. 導入後サポート・教育計画
目的:定着まで伴走する姿勢を示し、現場の不安を解消する
【書き方のヒント】
- トレーニング計画: 職種別(医師/看護師/事務/情報システム)にカスタマイズした研修メニューと、実施スケジュールを提示する。
- 問い合わせチャネル: サポート窓口の営業時間、緊急連絡先、オンラインマニュアルや動画の有無を明記する。
- 定着指標: 「1か月後のアクティブユーザー率」「問い合わせ件数の減少推移」など、定着状況を測るKPIとレビュータイミングを設定する。
【NG例】
- × 「導入後もサポートします」と抽象的に書く。
- × FAQやマニュアルなど、現場が自走するためのツールが欠けている。
10. 比較表・FAQ・巻末資料
目的:内部説明資料として、そのまま回覧できる「使える提案書」にする
【書き方のヒント】
- 競合比較表: 主要な競合と並べ、機能・価格・サポートでの優位性を整理。誹謗中傷ではなく事実ベースで記載。
- FAQ: よく聞かれる質問(セキュリティ、価格、導入後の運用負荷、医療機器認証の有無など)と回答を載せ、院内説明の手間を減らす。
- 巻末の補足: 用語集、法規制の解説、参考論文リストなど、決裁者以外も読みやすい資料を添付する。
【NG例】
- × 比較表で競合を過度に貶める。
- × 回答が曖昧なFAQを載せて逆に不安を煽る。
11. 【新設】提案書の「見た目」を整える技術
目的:内容以前に「読むに値しない」と思われない、プロフェッショナルな外観を作る
【なぜ必要か?】 中身がどれだけ素晴らしくても、見た目が素人っぽい資料は、それだけで信頼性を損ないます。「神は細部に宿る」という言葉通り、資料の体裁は、提案企業の仕事に対する姿勢そのものを映し出す鏡です。
【書き方のヒント】
- ①統一感(Consistency):
- フォント: プレゼン資料なら「メイリオ」「游ゴシック」など、可読性の高いフォントに統一する。
- 配色: 自社のコーポレートカラーを基本に、3〜4色程度に絞る。キーカラー、メインカラー、アクセントカラーを決めておく。
- ロゴ: 自社のロゴと、表紙には相手の医療機関のロゴも(許可を得て)配置し、特別感を演出する。
- ②可読性(Readability):
- 余白: スライドの端まで文字や図を詰め込まず、十分な余白を取る。窮屈な印象を与えず、洗練された印象になる。
- 階層構造: 見出し(H1)、小見出し(H2)、本文(Body)など、文字の大きさや太さで情報の重要度を明確に示す。
- 1スライド・1メッセージ: 1枚のスライドに複数のメッセージを詰め込まず、言いたいことを1つに絞る。
- ③視覚化(Visualization):
- 図解: 文字で説明すると複雑になる業務フローやシステム構成は、必ず図で示す。
- グラフ: 数値データは、表だけでなく円グラフや棒グラフを用いて、直感的に理解できるようにする。
- 写真・イラスト: 高品質な製品写真や、内容を補足するフリー素材イラストなどを効果的に使い、単調になるのを防ぐ。
12. 【新設】提案書提出後の「次の一手」
目的:提案を「提出して終わり」にせず、次の商談フェーズへと確実につなげる
【なぜ必要か?】 優れた提案書も、相手の机の上で眠っていては意味がありません。提案書を起点として、いかに相手を動かし、検討のテーブルに乗せ続けるかが営業担当者の腕の見せ所です。
【書き方のヒント】
- ①送付状メールの工夫:
- 提案書を添付ファイルで送る際、メール本文で「〇〇様から伺った△△の課題に対し、P.8の□□の機能が直接的な解決策となります」「特にP.12の費用対効果のシミュレーションは必見です」など、見どころを要約し、開封を促す。
- ②レビュー会議の設定依頼:
- 「資料をご確認いただくお時間を頂戴したく、つきましては、来週〇日か△日に、30分ほどWeb会議にて質疑応答のお時間を頂戴できないでしょうか」と、具体的なアクションをこちらから提案する。
- ③トラッキングツールの活用(※要社内確認):
- Document Sharingツール(DocSend等)の閲覧ログを確認し、どのページが何分読まれたかを把握する。特に「費用対効果」「スケジュール」ページの閲覧が長い場合は、コストや導入負荷への関心が高いサイン。
- ④リマインドのタイミング: 48時間後と1週間後に、それぞれ「補足情報のご提供」と「簡易なQ&Aのご案内」を送る。催促ではなく、価値提供を軸に連絡する。
- ⑤院内展開用の短縮版: 部長会・理事会向けの3ページサマリーを別途添付し、担当者が院内展開しやすい状態を作る。
【やってはいけないNG例】
- × 提出後に一切フォローしない。
- × 返信がないからといって、短時間に電話とメールを連投する。
- × トラッキング結果を顧客に直接伝えてしまい、不信感を与える。
まとめ
提案書は単なる資料ではなく、「貴院の未来を共に設計するための設計図」です。課題の深い理解、価値の明確化、エビデンス、財務インパクト、リスク対応、導入後の伴走までを一貫して描き切ることで、事務長・理事長クラスの決裁者に「このパートナーなら任せられる」と思ってもらえます。ここで紹介した12の要素をチェックリストとして活用し、貴院専用の戦略的提案書を作り込んでください。
医療機関向け提案書のブラッシュアップ支援や、院内決裁突破に向けたレビューをご希望の方は、こちらまでお気軽にご相談ください。
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