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【完全版・詳細解説】医療訴訟のリスクと営業担当者が知っておくべきこと

2026/02/19

【完全版・詳細解説】医療訴訟のリスクと営業担当者が知っておくべきこと

「佐藤さん、ちょっと院長室に来てくれるかな」 金曜日の夕方、院長からの呼び出し。 胸騒ぎがしました。 部屋に入ると、顧問弁護士が同席していました。 「君が『絶対に副作用はない』と言ったから、この薬を使ったんだ。どう責任を取ってくれるんだ?」

…これは、私が若手の頃に見聞きした、背筋が凍るような実話です(幸い、私自身の体験ではありませんが)。 医療機器や医薬品の営業は、人の命に関わる商品を扱っています。 あなたの不用意な一言が、ドクターを追い詰め、病院を訴訟リスクに晒し、最悪の場合、あなた自身や会社が賠償責任を問われることになります。

こんにちは、医療機器メーカー事業開発部長の佐藤健一です。 最近、コンプライアンス研修などで若手に口を酸っぱくして言っていることがあります。 「売ることよりも、身を守ることの方が大事だ」。 攻めの営業だけでなく、守りの営業(リスクマネジメント)ができない人間は、この業界では生き残れません。 本記事では、営業現場に潜む「訴訟の地雷」と、それを回避するための鉄則について、現場のリアルな事例を交えて解説します。


第1章:営業担当者が巻き込まれる「3つのワナ」

医療訴訟は医師と患者の間の問題だと思っていませんか? 実は、メーカーの営業担当者が「火種」を作っているケースが少なくありません。

ワナ1:オーバートーク(誇大広告)

「この新しいカテーテルなら、絶対に穿孔(穴が開く事故)は起きません」 「このレーザーは、痛みゼロです」 契約を取りたい一心で、つい「絶対」「100%」という言葉を使ってしまう。 しかし、医療に「絶対」はありません。 もし事故が起きた時、カルテに「メーカー担当者が安全だと言ったので採用した」と書かれていたら? 医師はあなたを道連れにします。 「メーカーの説明義務違反」として、製造物責任(PL法)以前の問答で負けるのです。

ワナ2:オフラベル(適応外)使用の推奨

「この薬、実は〇〇のがんにも効くんですよ、論文も出てますし」 承認された効能・効果以外の使い方(適応外使用)を、メーカー側から積極的に勧めることは、薬機法で厳しく禁じられています。 「先生が勝手に使う」のは(グレーですが)自己責任です。 しかし、営業マンがそれを唆(そその)かした場合、副作用被害が出た時に言い逃れできません。 「先生、それは適応外ですので、弊社としては推奨できません」と、勇気を持って「断る」ことが、結果的に自分と先生を守ることになります。

ワナ3:立ち会い(立会)の越権行為

手術室や、ペースメーカーのチェックなどで、営業マンが現場に立ち会うことがあります。 ここで、医師に頼まれて「ちょっとそこの機械、設定変えて」と言われ、ボタンを押してしまった。 これは「無資格診療(医師法違反)」です。 もしその設定ミスで患者が死んだら、あなたは「医療事故の当事者(正犯)」として逮捕される可能性があります。 私たちはあくまで「操作の説明」をする立場であり、「操作そのもの」をしてはいけません。


第2章:添付文書は「営業の聖書」である

「添付文書(使用上の注意)なんて、字が小さくて読んでないよ」 そんな営業マンは、今すぐ辞表を書いた方がいいです。 あそこには、過去の失敗と訴訟の歴史が詰まっています。

1. 「禁忌(やってはいけないこと)」の暗記

「併用禁忌」「妊婦への投与禁止」。 これを頭に入れずにドクターと会話するのは、免許なしで運転するようなものです。 ドクターは忙しいので、添付文書の隅々まで読んでいません。 「先生、その患者さん、もしかしてペースメーカー入ってませんか? だとしたらこの電気メスは禁忌ですよ!」 この一言が言えるかどうかが、プロとアマの分かれ目です。 事故を未然に防げば、あなたは「命の恩人」として、ドクターから絶大な信頼を得ることができます。

2. 「警告」欄の重み

添付文書の一番上に、赤枠で囲まれた「警告」があります。 ここには「死亡に至る可能性がある」重大な副作用が書かれています。 新薬や新製品が出た時は、まずここを読み込み、「どんな時に事故が起きやすいか」をドクターに説明する義務があります。 「よく効きます」より先に「ここだけは注意してください」と言える営業マンこそ、誠実なのです。


第3章:説明同意書(インフォームド・コンセント)への関わり方

訴訟の争点の多くは「説明不足」です。 「そんなリスクがあるなんて聞いていない!」と患者さんは怒ります。

1. メーカーの説明資材(パンフレット)の重要性

医師が患者さんに説明する時、メーカーが作ったパンフレットを使います。 このパンフレットに、メリットばかり書いてあって、リスク(合併症率など)が小さく書かれていたら? 「メーカーの資料が不親切だったから、説明が漏れた」と医師に責任転嫁されます。 私たちは、リスクを分かりやすく図示した「患者用説明シート」を作成し、医師に渡すべきです。 「先生、リスク説明の際はこの図を使ってください。○%の確率で出血するリスクも明記してあります」 ここまでお膳立てすることで、防波堤を作ります。

2. 医師のリスク認識とのギャップを埋める

名医ほど自信過剰になりがちです。 「俺の腕なら大丈夫だ」と、リスクを軽視する傾向があります。 そこで、他院のヒヤリ・ハット事例(事故になりかけた事例)を情報提供します。 「実はA大学で、こんなトラブルがありました。先生のところは大丈夫かと思いますが、念のため共有します」 プライドを傷つけないように、やんわりと注意喚起をする技術が求められます。


第4章:もし訴訟(クレーム)が起きてしまったら

1. 初動の鉄則:謝るな、記録せよ

クレームの電話がかかってきた時、パニックになって「すみません、当社の責任です」と言ってはいけません。 その録音が「自白」とみなされます。 「ご迷惑をおかけして申し訳ありません(心労へのお詫び)」はOKですが、「製品の欠陥でした(責任に認める発言)」はNGです。 まずは事実確認。「いつ、誰が、どのように使って、どうなったか」。 これを時系列で詳細にメモ(記録)します。このメモが、後の裁判で自己防衛の証拠になります。

2. 本社(安全管理部門)への即時報告

「自分でなんとかしよう」として、現場で隠蔽するのが最悪です。 薬機法に基づき、メーカーは副作用や不具合を知ったら、国に報告する義務があります。 報告が遅れると、行政処分を受けます。 「ちょっとした故障かな?」と思っても、すぐに品質保証部(QA/QC)に連絡する。 オーバーリアクションなくらいで丁度いいのです。


第5章:明日から使えるアクション・チェックリスト

自分の身を守るためのセルフチェックです。

  • [ ] 自社製品の「添付文書」を常にカバンに入れているか?(最新版か?)
  • [ ] 「絶対」「100%」「必ず治る」という言葉を使っていないか?
  • [ ] ドクターに適応外使用を求められた時の「断り文句」を用意しているか?
  • [ ] 立ち会い時、機器のボタン操作を自分でやっていないか?
  • [ ] 毎日の営業日報に、ドクターへの説明内容(リスク説明含む)を記録しているか?

【実録】ケーススタディ:カテーテル抜けなくなっちゃった事件

循環器内科のある病院での事例

【トラブル】 カテーテル手術中、医師が無理な操作をし、カテーテルが血管内で結び目(キンク)を作って抜けなくなった。 現場に立ち会っていた営業担当(私)に対し、「おい、これどうすればいいんだ! 引っ張っていいか?」と怒号が飛んだ。

【対応】 私は冷や汗をかきながらも、「絶対に無理に引っ張らないでください! 血管が裂けます!」と叫びました。 そして、その場で本社の技術部に電話し、スピーカーモードにして指示を仰ぎました。 「外科的に切開して取り出すしかない」という結論になり、緊急開胸手術へ。

【結果】 患者さんは一命を取り留めましたが、大手術になりました。 後日、病院側から「カテーテルの欠陥ではないか」とクレームが入りましたが、私は立ち会い時の状況(医師が推奨手順を無視して無理な回転を加えたこと)を詳細に日報に残していました。 さらに、回収した製品を顕微鏡で分析し、「過度なトルク(回転力)が加わった痕跡」を証明。 メーカーの責任ではないことが立証され、賠償請求を回避できました。 もし私が現場で「引っ張ってみましょう」と言っていたら……想像するだけでゾッとします。


よくある質問(FAQ)

Q. 医師と仲良くなるために、個人的な飲み会に行ってもいいですか? A. 昔はよくありましたが、今は「贈収賄(公務員の場合)」や「透明性ガイドライン」の観点から推奨されません。割り勘ならOKですが、誤解を招くリスクがあります。特に新薬採用や機種選定の時期は、李下(りか)に冠を正さず。接触は控えるのが賢明です。

Q. 「未承認のデータを見せてよ」と言われたら? A. 海外の論文など、学術的なデータであれば「文献提供」という形で渡すことは可能です。ただし、それにプロモーション(販促)の意図が入ってはいけません。「学術担当(MSL)から送らせます」と、営業と切り離したルートで渡すのが安全です。

Q. 競合他社の悪口を言っても訴えられますか? A. 「不正競争防止法」の信用毀損行為に当たる可能性があります。「あそこの製品は事故が多いですよ」といった根拠のない噂を流すのはアウトです。あくまで自社製品の優位性をデータで語ることに留めてください。

Q. 万が一、自社製品のリコール(回収)が決まったら? A. スピードが全てです。隠そうとせず、第一報で「回収のお知らせ」を持って走ってください。この時、代替品の確保見込みを必ず伝えること。リコール対応の誠実さで逆に評価を上げ、シェアを伸ばしたメーカーも過去にはあります。ピンチはチャンスです。


現場で使える!重要用語解説

  • PL法 (Product Liability Act):
    • 製造物責任法。製品の欠陥によって損害が生じた場合、メーカーが賠償責任を負う法律。ただし、医師の手技ミスや、メンテナンス不足などの場合は免責されます。
  • 添付文書(てんぷぶんしょ):
    • 医薬品や医療機器に同梱されている公的な説明書。ここに書いてあることが法的な「使用ルール」です。アプリ版(添文ナビ)を入れるのが常識です。
  • MSL (Medical Science Liaison):
    • メディカル・サイエンス・リエゾン。営業(MR)とは独立した立場で、高度な医学的・科学的な情報を医師と交換する専門職。適応外の話題などは彼らに任せるのが安全です。

コラム:臆病なくらいが、ちょうどいい

「営業は度胸だ」なんて言う上司もいますが、医療営業に限っては「営業は臆病であれ」と言いたいです。 小さな違和感、小さなリスクを見逃さない繊細さ。 「これをやったら裁判になるかも?」と最悪を想定する想像力。 それこそが、会社を守り、何より患者さんの命を守るのです。

訴訟になった時、法廷であなたを守ってくれるのは、あなたの「記憶」ではなく「記録」です。 そして、あなたの「誠実さ」です。 売上目標を達成することも大事ですが、夜に枕を高くして眠れる仕事をする。 それが、長くこの業界で活躍する秘訣ですよ。


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