ある総合病院の病棟、深夜2時のことです。 私が納入した電動ベッドのメンテナンスのために立ち会っていた時、ナースステーションから走ってきた看護師さんが、ベッドの柵に足を激しくぶつけて転倒しかけました。 彼女は「すみません、急いでて!」と気丈に笑顔を見せましたが、その目は明らかに疲労で充血し、笑っていませんでした。 聞けば、夜勤明けで、もう16時間も働き詰めだといいます。 休憩室には、冷え切ったカップラーメンが置かれたままでした。
「私たちは、最高品質のベッドを納めるだけで、本当に現場の辛さを救えているんだろうか?」 その時、私の胸に湧き上がった疑問が、今の活動の原点です。
医療用ベッドメーカーの営業統括部長として、全国の病院を回らせていただいている佐藤と申します。 長年、ハードウェアの側面から療養環境を見てきましたが、今の医療現場の疲弊は、もはや「良いモノ」を入れるだけでは解決できないレベルに達しています。 人が足りない。採用してもすぐに辞めてしまう。残ったスタッフにさらに負担が集中する。 まさに負のスパイラルです。
そこで私が注目し、自社のソリューション提案にも本格的に組み込み始めたのが「タスクシフティング(業務移管)」です。 「ベッドメーカーの人間が業務改善?」と思われるかもしれません。 しかし、患者さんが一日を過ごす「ベッド周り」こそ、最も業務が錯綜し、かつタスクシフティングの可能性が眠っている「現場の最前線」なのです。
本記事では、机上の空論ではなく、現場の動線(物理的な人の動き)を見てきた私だからこそ提案できる、具体的で泥臭いタスクシフティングの実践論をお話しします。 「人がいないなら、今いる人でどう回すか」。 その切実な問いへの答えを、一緒に探りましょう。
第1章:なぜ今、タスクシフティングが必要なのか? ~ベッドサイドから見える限界~
1. 物理的な「移動」の無駄と疲労
営業として病棟に長時間滞在していると気づくのですが、看護師さんは「歩くこと」に猛烈なエネルギーを使っています。 ナースコールが鳴って病室へ行き、用件を聞いてステーションに戻り、必要な物品を持ってまた病室へ行く。 広大な病院内で、この往復運動を一日何十回も繰り返しています。 万歩計を見せてもらうと、一回の夜勤で2万歩を超えていることも珍しくありません。 タスクシフティングの第一歩は、この物理的な移動を減らすことです。 例えば、看護助手に「配膳・下膳」「シーツ交換」「検体搬送」を任せるだけで、看護師の歩数は劇的に減り、その分をベッドサイドでのケア(観察)に充てることができます。
2. 「専門性」の安売り(ミスマッチ)
医師が診断書の作成に追われ、看護師が床の清掃や備品の補充をしている。 これは、一般企業で言えば「社長がコピー用紙を補充している」「トップセールスマンが領収書の整理をしている」ようなものです。 明らかな人的リソースの無駄遣いであり、何より専門職としての彼らのプライドとモチベーションを下げます。 私が担当するエリアでも、本来やりたかったケアができず、雑務に追われて燃え尽き(バーンアウト)、辞めていく優秀な若手スタッフを何人も見てきました。 タスクシフティングは、単なる効率化ではなく、スタッフの離職を防ぐための「防波堤」なのです。
3. ハードウェアと「運用」のセット提案
高機能なベッドを入れても、それを操作する人が忙殺されていたら機能しません。 体位変換機能付きのベッドがあっても、看護師さんが使い方が分からず、結局力任せに体位変換をして腰を痛めているケースをよく見ます。 だからこそ、私は「ベッド+業務改善」をセットで提案しています。 「この自動体位変換機能を使えば、夜間の体位変換業務(2時間に1回)をゼロにできます。その浮いた時間で、看護師さんは休憩が取れますし、助手さんでも管理できるようになりますよ」といった具合です。 モノとヒトの役割分担を同時に設計することが、これからのメーカー営業には求められています。
第2章:現場が納得する「3つの鉄則」
営業マンとして、現場の看護部長や事務長と膝を突き合わせて議論してきた経験から導き出した、導入のポイントです。
鉄則1:「捨てる」ことから始める
新しい人を雇う前に、今の業務を「断捨離」してください。 「昔からやっているから」という理由だけで残っている謎の業務が必ずあります。 ・誰も見ない手書きの日報 ・電子カルテと紙の二重入力 ・過剰な回数のリネン交換 私がコンサルティングに入る際は、まずスタッフ全員に「やめたい業務」「無駄だと思う業務」をポストイットに書いてもらいます。 意外と、みんな同じことを思っているものです。これを可視化し、院長の権限で「やめる」と決めること。これがスタートです。
鉄則2:マニュアルは「動画」にする
タスクを受ける側(看護助手、医療クラーク、清掃スタッフ)にとって、分厚い紙のマニュアルは苦痛でしかありません。 特に、日本語が母国語でない外国人スタッフが増えている今、文字ベースの指導は限界があります。 ベッドの操作方法もそうですが、今はスマホで動画を撮って共有する方が100倍伝わります。 「シーツ交換のきれいなやり方」「物品の補充場所」などを1分の動画にして、QRコードにして壁に貼っておく。 これだけで、教育にかかる先輩スタッフの時間とストレスは激減します。
鉄則3:感謝を「見える化」する
シフトした業務に対して「ありがとう」が伝わる仕組みを作ることです。 業務を移管される側は、「雑用を押し付けられた」と感じがちです。 ある病院では、「サンクスカード」を導入し、医師からクラークへ、看護師から助手へ、具体的な感謝を伝えるようにしました。 「昨日はあのデータの準備ありがとう、診察がスムーズにできたよ」 この一言があるだけで、助手さんのモチベーションが上がり、「もっと手伝えることはないですか?」と自発的に動いてくれるようになったのです。 組織風土が変われば、業務は自然と回ります。
第3章:ステークホルダー別攻略法 ~営業部長の視点~
それぞれの立場の人に、どう響く言葉を投げかけるか。私の営業トークの一部を公開します。
1. 病院長・経営層
- 関心事: 経営改善、稼働率。
- 私のアプローチ: 「人件費の削減」ではなく「稼働率の向上」で訴求します。「看護師さんの雑務を減らし、本来業務に集中してもらえば、離職が減ります。さらに、平均在院日数を短縮でき、新規入院をあと〇人受け入れられます。ベッド稼働率が〇%上がれば、これだけの増収になります」と、経営数字に直結させて説明します。
2. 看護部長
- 関心事: スタッフの疲弊、医療事故。
- 私のアプローチ: とにかく「安全」と「離職防止」です。「スタッフが疲れていると、注意力が散漫になり、転倒転落などの事故リスクが確実に上がります。タスクシフトは、患者さんの安全を守るため、そして部長の大切な部下を守るために必要なんです」と、情理に訴えます。
3. 現場スタッフ(看護師・コメディカル)
- 関心事: 自分の業務負担、責任。
- 私のアプローチ: 「楽になりましょう」と素直に言います。「この作業、正直面倒ですよね? 機械やアシスタントに任せて、もっと患者さんとゆっくりお話しする時間を増やしませんか? 何かあった時の責任はルールで守ります」と、彼らの本来のやりがい(患者ケア)に焦点を当てます。
第4章:導入への道筋 ~小さな成功を積み重ねる~
いきなり全館展開は失敗します。現場は変化を嫌うからです。私が推奨するステップです。
ステップ1:モデル病棟の選定
「一番困っている(忙しい)病棟」を選びがちですが、それは間違いです。 「一番変化に前向きな師長がいる病棟」を選んでください。 新しい取り組みには必ず現場からの反発があります。リーダーシップのある師長の元で、まずは小さくてもいいので成功事例(サクセスストーリー)を作ることが先決です。
ステップ2:業務の切り出し(タスク・カービング)
「これは医行為(医師しかできない)」「これは医行為ではない(誰でもできる)」という線引きを明確にします。 厚生労働省のタスク・シフト/シェアに関するガイドラインを参考にしつつ、独自の「業務分担表」を作成します。 ポイントは、少しグレーな部分を医師の包括指示でカバーできるよう、プロトコル(手順書)を作ることです。
ステップ3:トライアルと修正(アジャイル)
まずは1週間、試験的にやってみます。 必ず問題が起きます。「指示が伝わっていない」「逆に確認の手間が増えた」。 それでいいんです。朝のショートカンファレンスで毎日微修正をかけます。 営業の私たちも現場に入り、「ベッドの周りにワゴンを置くと邪魔ですね、こっちに棚を作りましょう」といった環境整備のアドバイスをします。
ステップ4:横展開と定着
モデル病棟でうまくいったら、他の病棟へ広げます。 その際、院長から「やれ」と命じるよりも、「あの病棟、最近定時で帰ってるらしいよ」「残業が減ったらしいよ」という噂を流すのが一番効果的です(笑)。 実績という事実は、どんな言葉よりも説得力があります。
第5章:明日から使えるアクション・チェックリスト
私の営業鞄に入っている確認リストです。
- [ ] 院内の「移動距離」を減らすような物品配置や動線は見直したか?
- [ ] 1分で分かる「動画マニュアル」の作成に着手しているか?
- [ ] 医師事務作業補助者の加算算定要件は満たしているか?(経営的メリットの確保)
- [ ] タスクシフト先のスタッフ(助手、クラーク)の休憩室やロッカーは確保されているか?(彼らを「下」に見ない環境づくり)
- [ ] ベッドサイドの機器(ナースコール、モニター)はシステム連携されているか?
- [ ] 院長は「タスクシフトは経営課題だ」と全職員に明言しているか?
- [ ] 定期的にスタッフ満足度調査を行い、不満を吸い上げているか?
【実録】ケーススタディ:ベッドの配置一つで業務が変わった
F市民病院(整形外科病棟・50床)の事例
【課題】 術後の患者さんが多く、トイレ介助やリハビリ室への送迎で看護師が忙殺されていた。ナースコールが鳴り止まず、残業は月40時間を超えていた。
【解決策】 私たちは、看護部長と協力し、以下の2点を実行しました。
- 「リハビリ搬送チーム」の結成: 午前中の入浴介助が終わった後の看護助手の時間を活用し、搬送専門チームを結成。看護師の付き添いを原則廃止しました。
- 「低床ベッド」と「センサー」の活用: 転倒リスクの高い患者さんに、床から20cmまで下がる超低床ベッドを導入。さらに、離床センサーをナースコールではなく、廊下の大型モニターに通知するように設定。
【結果】 看護師の残業時間が月平均10時間まで、なんと30時間も削減されました。 さらに意外だったのは、転倒事故の減少です。 「センサーが鳴ったら全員で走る」のではなく、モニターで状況を確認してから落ち着いて対応できるようになったため、スタッフの心理的余裕が生まれ、結果として事故対応の時間(インシデントレポート作成時間など)も減ったのです。 「ハードウェア(ベッド)と運用(チーム)」の相乗効果が出た、理想的な事例です。
よくある質問(FAQ)
Q. 助手に任せるのが不安です。結局自分でやった方が早いのでは? A. 最初はみんなそう言います。だからこそ、導入初期は「ペアリング(看護師と助手の2人1組)」で動くことをお勧めしています。OJTで一緒に働きながら、「この人はここまでなら大丈夫」という信頼関係ができれば、自然と任せられるようになります。不安を解消するのは「マニュアル」ではなく「信頼」です。
Q. 費用対効果はどう説明すればいいですか? A. 「採用コスト」と比較してください。看護師1人をエージェント経由で採用するのに、紹介料含め数百万円かかります。タスクシフト環境を整備して離職が1人減れば、それだけで数百万円のコスト削減効果があると言えます。
Q. 医師が協力してくれません。 A. 医師には「メリット」を提示してください。「先生、クラークを活用すれば、外来診療の終了時間が30分早まりますよ」と。自分の時間が作れると分かれば、医師も協力的になります。
現場で使える!重要用語解説
- タスク・シフティング:
- 業務を他職種に完全にお願いすること(移管)。例:医師の静脈注射を看護師へ、看護師のシーツ交換を助手へ。
- タスク・シェアリング:
- 業務を他職種と共同で行うこと。例:チーム医療でのカンファレンスや、リハビリの補助など。
- ノンコア業務:
- 専門資格がなくてもできる周辺業務。ここをどれだけ切り出し、他職種やロボットに任せられるかが、生産性向上の鍵です。
コラム:ベッド柵を下げながら考える
私は毎日、病院でベッドの柵を上げ下げしています。 その単純な動作一つにも、医療従事者の「患者さんを守りたい」という強い思いが込められているのを感じます。
タスクシフティングも同じです。 業務を誰かに渡すのは、楽をするためではありません。 患者さんを守るために、チーム全員の手を借りるのです。 「手伝ってください」「ありがとう」 この言葉が飛び交う病棟は、患者さんにとっても居心地が良いはずです。
メーカーという立場ですが、私はそのチームの一員だと思っています。 業務効率化という武器で、医療現場を支え続けたい。 それが、私の営業としてのプライドであり、使命です。
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