医療・ヘルスケア業界特化

【完全版・詳細解説】医療MaaSが変える患者の移動と医療体験

2026/02/03

【完全版・詳細解説】医療MaaSが変える患者の移動と医療体験

「化学メーカー出身の私が、なぜ医療の移動手段について考えているのか?」 そう不思議に思われるかもしれません。

はじめまして。大阪の本社で、新規事業開発を担当している長田と申します。 これまで全く畑違いの素材産業にいた私ですが、社命により新設された「ヘルスケア事業部」の立ち上げプロジェクトを任されました。 最初は右も左も分からず、まさに「手探り」の状態。 しかし、関西の病院や自治体を回り、地域包括ケアシステムの現場をこの目で見た時、ある強烈な違和感を覚えたのです。

「技術はあるのに、届いていない」

素晴らしい医療機器も、ゴッドハンドと呼ばれる名医もいる。 けれど、そこにたどり着くための「足」がないために、受診を諦め、病状を悪化させている高齢者が山ほどいるという現実。 これは、モノづくり企業の論理で言えば、明らかに「物流(ロジスティクス)」の欠陥であり、供給網の寸断です。

「医療MaaS(Mobility as a Service)」。 この言葉は、私たちのような異業種からの参入組にとって、そして新たな地域連携を模索する医療機関にとって、最後のフロンティアとも言える可能性を秘めています。

私が担当する新規事業部では、実績も認知度もゼロからのスタートでしたが、この「移動×医療」の切り口で、地域のキーマン(KOL)との関係構築を少しずつ進めています。 最初は「メーカーさんが何しに来たの?」と怪訝な顔をされましたが、何度も足を運び、泥臭く現場の課題を聞き続ける中で、少しずつパートナーとして認めていただけるようになりました。

本記事では、私がフィールドワークで目の当たりにした現場の課題と、それを解決するための「医療MaaS」の可能性について、新規参入者の視点(ビジネスの視点)を交えながらお話しします。 専門外から飛び込んだ私だからこそ気づけた、業界の「当たり前」への問い直しが、皆様のヒントになれば幸いです。


第1章:なぜ今、「医療MaaS」が必要なのか? ~部外者が見た「移動の壁」~

1. 「行けない」は「治せない」と同義である

私は以前、工場の生産ラインの効率化を提案する営業をしていました。 工場では「部品が届かない」ことはライン停止を意味し、絶対に許されません。 しかし、医療現場では「患者が来られない」という事態が日常的に放置されています。 免許返納後の高齢者が、バスの減便で通院できなくなる。 タクシーを呼ぼうにも、年金暮らしには負担が重すぎる。 これは、医療サービスのサプライチェーンが完全に寸断されている状態です。 どんなに画期的な新薬を作っても、どんなに高性能なMRIを導入しても、患者さんがそこに来られなければ、その価値は「ゼロ」なのです。

2. 「待つ」という苦痛の正体と機会損失

ある地方病院の待合室で、一日中観察をしたことがあります。 そこで見たのは、驚くべき「滞留時間」の長さでした。 診察時間はわずか3分。しかし、その前後の会計待ち、薬待ち、そして何より「帰りのコミュニティバス待ち」で、高齢者は3時間も4時間も硬いベンチに座らされています。 ビジネスの世界では「タイムイズマネー」ですが、ここでは患者さんの人生という貴重な時間が浪費されています。 さらに、この「待ち時間の辛さ」が嫌で受診を控えるようになり、結果として重症化してから救急搬送されるケースも多いと聞きました。 これは患者さんにとっても、医療費を負担する自治体にとっても、巨大な機会損失です。

3. 「動く診療所」へのパラダイム転換

病院という「箱」に患者を集めるのではなく、医療機能自体を車に乗せて「届ける」。 この発想は、私たち製造業が顧客の元へ製品を「デリバリー」する感覚に近いです。 オンライン診療キットと看護師を乗せた「医療MaaS車両」が自宅近くの公民館まで来てくれれば、医師は病院にいながら診察できます。 これは過疎地の医療を守るだけでなく、災害時のBCP(事業継続計画)対策としても、非常に有効です。 実際、能登半島の地震などでも、こうしたモビリティが活躍しました。


第2章:医療MaaSプロジェクトを成功に導く「3つの鉄則」

異業界から参入し、多くの失敗を重ねながら学んだ、プロジェクト推進の要諦です。これから参入を考える企業の方にも役立つはずです。

鉄則1:「最新技術」より「UX(使い勝手)」

私たちメーカーは、どうしても高機能なアプリや、最新の自動運転技術を提案したくなります。 しかし、現場は違いました。 高齢者はスマホアプリを使えません。「IDとパスワードを入れてください」と言った瞬間、脱落します。 成功の鍵は、裏側では最新のAI配車システムを使いつつ、表側のインターフェースは「電話予約」や「回覧板」、「顔なじみのオペレーター」にすることでした。 「技術の押し売り」ではなく、「ユーザーの生活様式への適応」。これこそがUXデザインだと学びました。

鉄則2:既存プレイヤーとの「共存」 ~敵を作らない~

新規参入者がやりがちな最大のミスは、既存の商流(エコシステム)を壊そうとすることです。 地元のタクシー会社やバス会社にとって、新しいライドシェアサービスは「商売敵」に見えます。 これでは絶対に協力は得られません。 彼らは競合ではなく「パートナー」です。 「タクシーの稼働率が低い昼間の時間帯だけ活用させてもらう」「病院への送迎は地元のタクシー会社に委託する」など、Win-Winのモデル(棲み分け)を作らなければ、地域での合意形成は不可能です。 「三方よし」の精神は、大阪商人の基本でもあります。

鉄則3:「出口戦略(マネタイズ)」の設計

補助金頼みの実証実験(PoC)は、予算が尽きたら終わります。 終わった瞬間にサービスも終了、梯子を外された住民は失望する。これでは企業の社会的責任(CSR)も果たせません。 誰がコストを負担するのか?

  • 受益者(患者): 運賃として支払う。
  • 病院: 患者増による増収分から送迎コストを拠出する。
  • 自治体: 介護予防予算や福祉予算を充てる。
  • 地元企業: 買い物客送迎として協賛金を出す。 これらをパズルのように組み合わせ、持続可能な収益モデルを描くことが、事業開発担当者の最大のミッションです。

第3章:誰と手を取り合うべきか? ステークホルダー別アプローチ

連携(アライアンス)なくしてMaaSは成立しません。私が関係構築に奔走した相手とそのポイントです。

1. 自治体(首長・交通担当・福祉担当)

  • 課題意識: 公共交通の維持コスト増大、高齢者の免許返納対策。
  • 私のアプローチ: 大阪から何度も足を運び、単なる製品売り込みではなく「地域の公共交通の赤字削減」と「高齢者の健康寿命延伸(=医療費削減)」をセットにした企画書を提案しました。首長は「選挙民(地域住民)の喜び」に敏感です。「次の選挙のアピール材料になりますよ」とは口に出しませんが、その空気感を醸成することがカギです。

2. コンサルタント・KOL(キーオピニオンリーダー)

  • 課題意識: 地域の医療崩壊、医師不足。
  • 私のアプローチ: 業界知識のない私は、地域の医師会長や大学教授といったKOLに素直に教えを請いに行きました。知ったかぶりは命取りです。「素人質問で恐縮ですが、なぜこの地域はこうなっているのですか?」と率直に現場の課題を聞く姿勢が、逆に信頼いただけた要因かもしれません。彼らの「お墨付き」は、保守的な地域社会でのパスポートになります。

3. 医療機関(事務長・院長)

  • 課題意識: 患者数の減少、送迎バスの維持費負担。
  • 私のアプローチ: 「送迎バスの維持費、年間数千万円かかっていませんか? しかも運転手さんの採用も大変ですよね?」というコストの切り口から入りました。自前でインフラを持つリスクを手放し、地域共有のMaaSに乗っかるメリットを数字(B/S、P/Lへのインパクト)で提示しました。

第4章:導入への道筋 ~新規参入者のためのロードマップ~

私が実際にプロジェクトを進める上で描いているステップです。泥臭い調整の連続です。

ステップ1:エリア診断(マーケティング)

まずは、どの地域にニーズがあるかを徹底的に調べます。 GIS(地理情報システム)データを活用し、「公共交通の空白地帯」と「通院頻度の高い後期高齢者人口の密集地」が重なるエリアをヒートマップで特定します。 この「データドリブン」な選定は、製造業でのマーケティング経験が活きました。

ステップ2:コンソーシアム(協議会)の組成

自治体、交通事業者、病院、そして私たちのようなソリューション提供企業が集まる「協議会」を立ち上げます。 ここでビジョンを共有し、役割分担を決めます。 重要なのは、よそ者である私がリーダーシップを取るのではなく、地元の顔役(医師会長や商工会長)に座長をお願いし、花を持たせることです。私たちはあくまで「黒子」に徹します。

ステップ3:スモールスタート(PoC)

まずはごく狭い範囲、特定の日(例:火曜と木曜の午前中のみ)、特定の患者層(透析患者さんなど)に絞って走らせます。 最初から完璧を目指さず、走りながら課題を潰していくアジャイル型開発です。 現場のドライバーさんや利用者の声を拾い上げ、UI/UXを改善します。「乗り降りのステップが高い」「予約の電話がつながらない」といった細部こそが神宿るポイントです。

ステップ4:社会実装と横展開

モデルが固まったら、対象エリアを広げます。 そして、その成功事例をパッケージ化し、他の自治体へも展開します。 大阪発のモデルを、全国へ。それが私たちの事業部のゴールであり、私のミッションです。


第5章:明日から使えるアクション・チェックリスト

事業開発の現場で私が使っているチェックリストを共有します。

  • [ ] ターゲット地域の「交通空白地帯マップ」を作成したか?(GISデータの活用)
  • [ ] 地域のキーマン(医師会長、商工会長)への挨拶回りは済ませたか?(手土産も忘れずに)
  • [ ] 運送法(自家用有償旅客運送など)の法的クリアランスは確認したか?
  • [ ] 高齢者でも使える予約方法(電話代行、代理予約、紙のチケット)は確保されているか?
  • [ ] 収益モデル(誰が払うか)の仮説は立っているか?(補助金依存になっていないか)
  • [ ] 事故時の責任分界点は契約書に明記されているか?
  • [ ] 「よそ者」としての謙虚さを忘れず、地域へのリスペクトを持っているか?

【実録】ケーススタディ:よそ者が起こした化学反応

関西地方 E町(人口3万人)の事例

【課題】 町営バスの赤字が深刻化し、廃止が決定。病院への足がなくなり、高齢者の閉じこもりが懸念されていた。しかし、代替案となるタクシー会社もドライバー不足で増便は不可能だった。

【私たちのアクション】 私たちは、地元のタクシー会社と連携し、AIによる「相乗りタクシー」のシステムを導入しました。 さらに、私は町の商工会に飛び込み、「通院ついでに商店街で買い物をしてもらうクーポン事業」を提案しました。 病院の帰りに商店街に寄れば、帰りのタクシー代が割引になる仕組みです。

【結果】 病院へのアクセスが確保されただけでなく、シャッター通りになりかけていた商店街への人流も創出されました。 商工会の協力が得られたことで、タクシー会社も「地域の活性化になるなら」と協力的になり、ドライバー採用にも地元の人が応募してくれるようになりました。 異業種ならではの「商売」の視点が、停滞していた議論を動かし、三方よしのモデルが完成しました。


よくある質問(FAQ)

Q. 医療業界の経験がなくても参入できますか? A. 可能です。むしろ、経験がない方が良い場合もあります。業界の慣習や「しがらみ」に縛られず、「なぜこうなっているのか?」「もっとこうすればいいのに」と素朴な疑問を持てるからです。もちろん、薬機法や医療法などの専門知識は勉強が必要ですが、そこは社内の法務部や外部の専門家と組めば補えます。大切なのは「熱量」です。

Q. 採算は取れるのでしょうか? A. 正直、MaaS単体(運賃収入だけ)での黒字化は難しいです。しかし、そこに「病院の集患効果」「自治体の医療費・介護費削減効果」「地元店舗の売上増」「広告収入」といった付帯価値を組み合わせることで、エコシステム全体としてマネタイズすることは可能です。視野を広く持つことが大切です。

Q. 最初のパートナーはどうやって見つければいいですか? A. 「課題はあるが、どうしていいか分からない」と困っている自治体の担当者や、地域の熱意ある医師を探すことです。大規模な自治体よりも、課題が深刻な小規模自治体の方が、話を聞いてくれやすい傾向にあります。展示会やセミナーでの名刺交換から、地道に関係を深めていくしかありません。


現場で使える!重要用語解説

  • ラストワンマイル:
    • バス停から自宅まで、病院の玄関まで。この「最後の区間」が埋まらないのが課題です。ここを自動運転カートや電動車椅子で埋める実験も進んでいます。
  • デマンド交通:
    • 時刻表通りに走るのではなく、予約があった時だけ、必要なルートを走る乗り合い交通。過疎地での効率的な運行に適しています。
  • KOL (Key Opinion Leader):
    • 業界に影響力を持つ医師や専門家。彼らを味方につけ、アドバイザーになってもらうことが、新規参入成功の近道(パスポート)です。

コラム:新参者の挑戦と、化学反応

「なんで化学メーカーさんが、こんなことを?」 プロジェクトを始めた当初、何度も言われました。 でも、最近は少し違います。 「よく来てくれたね」「新しい風を入れてくれてありがとう」 そう言っていただけることが増えてきました。

医療業界は今、限界を迎えており、他産業の知見やテクノロジーを求めています。 閉鎖的に見えるかもしれませんが、課題解決への情熱と、相手へのリスペクトがあれば、扉は必ず開かれます。 私が大阪から全国へMaaSの波を広げようとしているように、あなたの会社の技術やノウハウも、きっと医療現場の救世主になれるはずです。 既存の枠組みにとらわれず、化学反応を起こしていきましょう。


エピローグ:移動が変われば、地域が変わる

最後までお読みいただきありがとうございました。

新規事業は、暗闇の中を歩くようなものです。正解はありません。 でも、その先に「ありがとう、また病院に行けたよ、先生の顔が見れて安心したよ」という高齢者の笑顔があるなら、進む価値は十分にあると思いませんか。 医療MaaSは、単なる移動手段の話ではありません。 それは、地域の中で人がどう生き、どうつながり、どう最期まで自分らしく暮らすかという、未来のまちづくりの話なのです。

私たちと一緒に、新しい風を吹かせましょう。


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