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製薬会社の新規事業が大学病院に参入する際のチェックリスト

2025/11/21

製薬会社の新規事業が大学病院に参入する際のチェックリスト

医薬品メーカーの本社でSales Opsを統括している南田です。MR削減とDX推進が同時に進む中、新規事業として大学病院向けのサービス参入を任されました。MRの資格が不要なノンコア業務を外部化し、医師面談の時間を確保したい一方、大学病院ではガバナンスや審査が厳しく、参入の糸口が見えづらい。ここでは、私が失敗と修正を繰り返しながら整えたチェックリストを、実例とともにまとめます。2024〜2025年のトレンド(病院再編、医療DX・生成AI、働き方改革、コスト圧力)を踏まえた実務ベースのものです。 大阪・関西・近畿の病院を回る中で、医療・ヘルスケア領域の販路開拓は支援会社や代行会社、コンサルとの連携が不可欠だと実感しました。営業や事業開発として、どこまで外部に任せ、どこを自社で握るかを意識しながら読んでいただければ幸いです。

1. 参入を阻む5つの壁

  1. 多層ステークホルダー:診療科部長、看護部、薬剤部、臨床工学、医療情報部、倫理委員会、経営企画、事務長、購買・契約管理。単独決裁はほぼなく、合意形成に時間がかかります。
  2. ガバナンス強化:反社・利益相反、内部統制、透明性が重視され、根拠資料や更新管理が初回から求められます。
  3. 病院再編と中期計画:地域医療構想に沿った病床再配置や重点診療科に合わせないと、提案は棚上げされがちです。
  4. 情報セキュリティ・倫理審査:AIやクラウドを含むと、倫理委員会と情報セキュリティ委員会の審査が必須。資料後出しは致命傷になります。
  5. 働き方改革と人手不足:医師・看護師の時間外削減とタスクシフトが最優先。現場負荷が増える提案は強い抵抗を受けます。

2. 前提として押さえる医療機関の意思決定ステップ

  • 課題認識:診療科や看護部からの課題感、経営企画のKPI要請。
  • 技術適合・安全性:医療情報部、臨床工学、薬剤部がデータ・機器・薬機面を審査。
  • 運用設計・教育:看護部・診療科の中堅がシフトと教育工数を確認。
  • 費用対効果・稟議:経営企画・事務長・購買がROI、回収期間、TCO、中期計画との整合を審査。
  • 倫理・情報セキュリティ:委員会がデータ分類、保存、アクセス権、ログ、モデル更新、責任分界を審査。
  • 契約・展開:購買・法務が契約条件を確認し、現場が初期運用とリリース管理を開始。

3. 大学病院参入の必須チェックリスト(抜粋20項目)

  1. 倫理・情報セキュリティ審査の開催日と必要資料を初回で確認したか。
  2. データフロー図、ログ仕様、暗号化方法、責任分界を初回で提出できるか。
  3. モデル更新(AI)の審査手順とロールバック手順を持参したか。
  4. PoC計画(目的・期間・評価指標・データ範囲・費用負担・撤退条件)を用意したか。
  5. 中期計画と重点診療科(救急、循環器、脳卒中、がんなど)への貢献を明文化したか。
  6. 働き方改革KPI(時間外削減、タスクシフト)の効果を数字で示したか。
  7. サブスク/成果報酬/リースなど複線の契約オプションを提示したか。
  8. 教育計画(初期・夜勤・新人オンボーディング)と問い合わせ窓口を提示したか。
  9. L1/L2サポート体制と代替フローを明記したか。
  10. 横展開プラン(グループ病院での契約・教育・サポート・データ移行)を用意したか。
  11. 反社・利益相反チェック用の会社情報・実績を用意したか。
  12. 医薬品・デバイスの添付文書やガイドラインとの整合を確認したか。
  13. 在庫・物流・廃棄への影響と運用ルールを説明できるか。
  14. 個人情報・匿名加工の境界と取り扱いルールを明確にしたか。
  15. ログ保持期間と閲覧権限を定義したか。
  16. バックアップと障害時の復旧手順を提示したか。
  17. 価格以外の評価軸(運用負荷、教育工数、TCO)を稟議資料に入れたか。
  18. 失注理由を整理し、次の病院で試す仮説を用意したか。
  19. 関係部門(情報、ME、看護、薬剤、経営企画、購買)への説明資料を1セットで持参したか。
  20. 初回面談の最後に、次の合意形成の場(合同デモ、PoC設計会)を日程確保したか。
    ※実際は50項目で運用していますが、ここでは主要な20項目です。

4. ステークホルダー別の視点と流れ

医療情報部/CIO

重視するのはデータ経路、暗号化、ログ、モデル更新、閉域網/オンプレ対応。監査ログと根拠提示UIがあると生成AI案件が通りやすくなります。

ME機器管理室/臨床工学

安全性、互換性、保守性。リモートサポートとセルフメンテの手順、責任分界を明確にすることで信頼が得られます。

看護部・薬剤部

ワークフローと教育工数。夜勤帯や新人教育の手間、申し送り・記録の負荷が減るかが焦点です。時間削減を人件費換算で提示すると響きます。

診療科部長/医局

臨床成績と患者安全、医師の時間を重視されます。ガイドライン適合と責任の所在を明確にすることが欠かせません。

経営企画・事務長・購買

中期計画との整合、ROI、回収期間、TCO、代替案比較。グループ横展開の手順があると「今年やる理由」が生まれます。

倫理委員会/情報セキュリティ委員会

データ分類、保存、アクセス権、ログ、責任分界、インシデント時の対応。開催サイクルを外さないことが最重要です。

5. 2024〜2025年のトレンドを提案に織り込む

  • 病院再編・地域医療構想:重点診療科と地域連携の強化に寄与するかを強調します。
  • 医療DX・生成AI:ハルシネーション対策、監査ログ、モデル更新審査を先出しします。
  • 働き方改革:時間外削減とタスクシフトを数字で示し、看護部と情報部の双方に刺さる表現にします。
  • コスト圧力:セルフメンテとリモートサポートで保守費を抑える案、サブスク/成果報酬を用意します。
  • 透明性・ガバナンス:反社・利益相反チェック、内部統制、改訂履歴の管理方法を明記します。

6. ケーススタディ:失敗からの立て直し

ケース1:情報セキュリティ審査で後出しになり、審査サイクルを逃す

初回でデータフローとログ仕様を出せず、倫理審査前に差し戻されました。以降、技術資料をテンプレ化し、初回面談で不足を洗い出し、1週間で埋める運用に変更。次の病院では90日以内に審査通過しました。

ケース2:看護部からの反発でPoCが止まる

「手順は簡単です」と軽く言ってしまい、夜勤帯の業務を理解していませんでした。再訪問で夜勤を見学し、教育計画と問い合わせ窓口を明確化。時間削減を具体的に示し、PoC再開にこぎつけました。

ケース3:価格競争に巻き込まれて赤字受注

値下げで通したものの、運用負荷とサポートコストで赤字に。以降、稟議資料に運用価値(時間外削減、教育工数削減、TCO低減)を入れ、回収期間を示すことで、単価を守りながら通す運用に切り替えました。

7. 30・60・90日プラン

0〜30日:基礎整備

・キーマンマップと審査スケジュールを病院ごとに作成。
・技術資料(データフロー、ログ、更新ポリシー、責任分界)とPoCテンプレを整備。
・反社・利益相反チェック用の会社情報と医療実績を準備。
・中期計画の重点診療科を調査し、提案の紐付けを考える。

31〜60日:PoC合意と対話の密度を上げる

・上位病院でPoCスコープと評価指標(時間外削減、安全性、TCO、患者体験)を合意。
・生成AIで提案初稿と議事録要約を作成し、週次で詰まりを潰す。
・看護部と情報部に短時間の定例を設定し、教育・セキュリティの懸念を早期に解消。

61〜90日:稟議通過と横展開の設計

・PoC結果を稟議セットに格納し、労務インパクトと回収期間を数字とストーリーで提示。
・L1/L2サポート、教育・再教育、リリース管理、障害時フローを文書化。
・グループ病院への横展開プランを提示し、追加予算と人員を確保。

8. トークスクリプト例(相手別)

  • 情報部/CIO:「データは院内閉域で完結し、ログは10年保存します。モデル更新は四半期ごとの審査を経て実施し、ロールバック手順も用意しています。」
  • ME/臨床工学:「既存機器との干渉テスト、リモートサポート手順、代替フローを文書化しました。一次対応は弊社、二次対応は専門チームで行います。」
  • 看護部:「夜勤帯の入力を平均で週○時間削減できます。初回教育1時間、夜勤向けに15分の再教育、問い合わせ窓口は平日+オンコールです。」
  • 経営企画/事務長:「時間外削減と在院日数への影響を試算し、回収期間は○か月です。重点診療科(例:救急・脳卒中)で先行導入し、グループ病院へ横展開するプランです。」

9. 初回訪問の持ち物

  • 会社概要(医療での実績、認証、反社チェック用情報)
  • 製品・サービス概要と運用価値の資料
  • データフロー・ログ・更新ポリシー・責任分界
  • PoC計画案(目的・期間・評価指標・費用・撤退条件)
  • 教育計画と問い合わせ窓口一覧
  • 横展開プラン(グループ病院を想定)
  • 失注レポートからの学び(自戒用)

10. さいごに

大学病院参入は、一度でも資料を後出しにすると審査サイクルを逃し、3か月単位で遅れます。最初に全員分の懸念を洗い出し、資料を揃え、次の場を押さえる。その積み重ねが、一番の近道でした。
今日も院内のカフェで5分だけ、「誰の時間を減らせたか」「どの懸念を潰せたか」をメモします。答えが一つでもあれば、明日も前に進めます。***

追加リソース

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11. 具体例:ノンコア業務アウトソースの導入

背景

MR資格が不要な荷物搬送や資材補充、展示ブース設営などのノンコア業務を外部人材に委託し、医師面談時間を増やしたいという案件でした。情報部と看護部が「データ扱いがないなら簡単」と考えがちですが、実際は院内ルールやセキュリティ、労務管理の壁があります。

手順

  1. 業務範囲を細かく定義(持ち込む物品、動線、時間帯、立ち入りエリア)。
  2. 院内セキュリティと労務ルールのチェック(入館証、エレベータ使用、ユニフォーム、感染対策、ヒヤリハット報告)。
  3. 責任分界と保険の確認(破損・紛失・事故時の対応)。
  4. 教育計画と評価指標(作業時間短縮、依頼件数、事故ゼロ)。
  5. PoC期間を30〜60日で設定し、週次で看護部と状況共有。

結果

医師面談時間が週あたり平均6時間増加。看護部の物品補充時間が1日30分削減。PoC終了後、事務長が年間契約を承認し、系列病院へ横展開が決定。手順が細かすぎると思われるかもしれませんが、ここを詰めることで反対意見が減りました。

12. 具体例:生成AI活用の資料作成支援

背景

診療科資料と講演スライドのドラフト作成を生成AIで補助する提案です。医療情報部はハルシネーションと情報漏洩を強く懸念していました。

手順

  1. クローズド環境での運用と、外部へのデータ送信不可設定を提示。
  2. モデル更新時の審査フローと、使用ログの保持期間・閲覧権限を明記。
  3. 根拠提示UIのデモを実施し、「出典表示」「再現性」を確認してもらう。
  4. PoC評価指標を「誤生成率」「作業時間短縮」「承認までのリードタイム」で設定。
  5. 倫理委員会に「学習データの範囲」「院内データへの不使用」を明文化した資料を提出。

結果

PoCで資料作成時間を平均30%短縮、誤生成は5%未満、承認リードタイムも20%短縮。情報部が「ログと更新手順が明確なら管理できる」と判断し、本番導入に至りました。生成AIは「監査できるか」が鍵でした。

13. よくある質問への即答集

Q:どの部署から回ればいいですか?
A:案件によりますが、情報部と看護部を早めに巻き込むと後工程が早くなります。臨床に関わる場合は診療科部長、薬剤や物流に関わる場合は薬剤部も初期に入れます。
Q:価格は最後に交渉で下げれば良いですか?
A:価格だけで進めると稟議が遅れ、最終的に大幅値下げになりがちです。先に「なぜ今」「どのKPIに効くか」を固め、運用価値を数字で示した方が早く、単価も守れます。
Q:生成AIの精度やリスクはどう伝えればよいですか?
A:PoC指標(誤生成率、応答時間)と監査ログ、モデル更新審査、根拠提示UIをセットで見せます。ハルシネーション対策を先出しすると警戒が和らぎます。
Q:失注したとき、何を残せば次に活かせますか?
A:審査の差し戻し理由、部門ごとの懸念、資料不足の内容、スケジュールのボトルネックを記録し、次回の初回訪問で必ず埋めるリストを作ります。

14. 日々のルーティン

・初回訪問直後に「聞けなかったこと」を3つメモし、翌日までに回収。
・週末に失注レポートを読み返し、次週試す仮説を1つ決める。
・議事録を当日中にAIで要約し、関係者へ共有。
・病院のカフェで5分、「誰の不安を減らせたか」を自問する。
・中期計画の重点診療科と働き方KPIを毎月更新し、提案に反映。

15. まとめ

大学病院への新規事業参入は、資料後出しや曖昧な責任分界が一度でもあると大きく遅れます。最初に全体像を描き、関係者の懸念を先に潰し、次の場を押さえること。その繰り返しが最短距離でした。
今日もまた、院内のカフェで短く振り返ります。「誰の時間を減らせたか」「どの懸念を潰せたか」。答えが一つでもあれば、明日も前に進めます。

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